「サインいいですか?」戦力外22歳“最後のお願い” 運命を変えた引退報告

ソフトバンクのスカウトに就任した大本将吾氏【写真提供:愛媛マンダリンパイレーツ】
ソフトバンクのスカウトに就任した大本将吾氏【写真提供:愛媛マンダリンパイレーツ】

来季からアマスカウトに就任する大本将吾氏は3年ぶりのソフトバンク復帰

 2017年から2020年までソフトバンクに育成選手として在籍していた大本将吾氏が来季から、ソフトバンクの中四国担当のアマチュアスカウトに就任する。戦力外通告を受けて退団した2020年オフから3年の時を経て、異例の“復帰”となる。

 大本氏は2016年育成ドラフト1巡目で地元・愛媛の帝京五高からソフトバンクに入団。2020年まで4シーズンプレーした。憧れの柳田悠岐外野手の背中を追いかけ、持ち味の長打力を磨いたが、主戦場は3軍。2軍の公式戦出場はわずか17試合だけだった。

 4年目の2020年、大本氏は「今年ダメだったら野球は辞める」と固い決意で挑んだ。しかし、世界を大混乱に陥れたコロナ禍でシーズンの開幕が延期に。ファームの試合数も少なくなり、モチベーションを維持するのも難しかった。そしてシーズン終盤、来季へ向けて自信と気持ちが高まってきたところだった。

 電話が鳴った。通話口の向こうは球団の編成担当者だった。全てを察した。「そんなもんだよな」。22歳は冷静に受け止めた。翌日、スーツを着て訪れた球団事務所で来季は契約を結ばない旨を伝えられた。大本氏は決意を貫き、球団にもメディアにもその場で迷わず現役引退の意思を伝えた。

 その後、お世話になった方々へ挨拶に回った。入団前からの大ファンで、背中を追い掛け続けた柳田にはお礼の挨拶と共に「最後にサイン1枚だけいいですか?」とねだった。遠慮がちな性格だが、最後だからと勇気を振り絞った。「ギータさんのファンなので、同じチームで辞められるのなら」。思い残すことはないとまで思った。

 ただ、大本氏はその後翻意し、現役を続けることになる。挨拶回りをする中で、多くの方に引き留められたからだ。中でも、当時ソフトバンクの先輩だった川島慶三氏(現・楽天コーチ)には「お前はまだ22歳で、これから伸びる可能性だって十分あるんだから続けたらどうだ? 辞めるのなんかいつでも出来るんだから」と諭された。関わりが多い先輩ではなかったが、温かい言葉が本当に嬉しかった。

 また、同じ愛媛出身で元メジャーリーガーでもある岩村明憲さんからも「トライアウトを受けてみたらどうだ」と連絡をもらった。大本氏は「自分が思っているより、周りの方は自分に期待して下さっていた。こんな選手ですけど、本当にたくさんの方に支えてもらっているということを改めて感じることが出来ました。その方々にせめてもの恩返しの気持ちで全力で頑張りたいと思います」と引退を撤回。12球団合同トライアウトを受験するべく、再びバットを握った。

 そんな大本氏に熱烈なオファーを出したのは、地元球団である四国ILの愛媛だった。愛媛では選手として2年間プレー。1年限りでユニホームを脱ごうと思ったが、主将を任されたために1年延長。主将としてチームに尽くしたこと、サポートしてきた後輩がNPB入りを果たしたこともあって、やり切った思いが強く、昨季で現役を引退。今年は前期終了までマネジャーとして働き、裏方の仕事も経験した。

 縁あって、来季からは古巣ソフトバンクに戻り、中四国担当スカウトを務める。「育成で結果が出ずに終わったけど、自分を獲ってくれたスカウトの福元(淳史)さんのお陰で、普通では経験できないことをさせて頂きました」。ここに至るまでの道を切り開いてくれた自身の担当スカウトに改めて感謝した。今度は大本氏が、未来の鷹戦士の道を切り開く番だ。

(上杉あずさ / Azusa Uesugi)

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