能見さんから「花は咲かないよ」 現役ドラフトで移籍…苦悩の漆原を救った言葉

阪神に移籍した漆原大晟(左)と能見篤史氏(当時は投手兼任コーチ)【写真:小林靖、橋本健吾】
阪神に移籍した漆原大晟(左)と能見篤史氏(当時は投手兼任コーチ)【写真:小林靖、橋本健吾】

現役ドラフトでオリックスから阪神に移籍した漆原大晟「こうすれば…」

 心に刻んでいる言葉がある。「考え過ぎたら、枝からいっぱい芽は出てくるけれど、花は咲かないよ」。オリックスから阪神に現役ドラフトで移籍した漆原大晟投手が、深く頷きながら言う。当時、投手兼任コーチだった能見篤史さんから声を掛けられたのは、2022年2月の宮崎キャンプだった。

 ブルペンで個別練習に取り組んでいた漆原に近づいてきた能見さんは、笑顔を浮かべながら話しかけてきた。思い当たる節はあった。新潟明訓高から新潟医療福祉大を経て、2018年に育成ドラフト1位でオリックスに入団。150キロ台の直球と切れ味あるフォークを武器に、1年目にウエスタン・リーグで23セーブを挙げ、最多セーブのタイトルを獲得した。

 プロ2年目の2月に支配下選手登録されると、22試合に登板して0勝0敗2セーブ、防御率3.42の成績を残した。3年目の2021年は救援として34試合に登板。2勝2敗2セーブ、防御率3.03を記録し、存在感を示していた。

 さらなる飛躍を目指したプロ4年目の2022年。前年の秋季キャンプで脇腹を肉離れし、12月をリハビリ生活に費やしていた。投球することができず、考える期間が長かったシーズンオフ。2月の春季キャンプでは、自主練習の時間に動作解析を行い、投球フォームなどを分析した。「こうすれば、もうワンランク上に行ける」とキャリアアップを目指す一心だった。

「あれもこれも、いろいろやろうと工夫し過ぎていました。確かに、あの時は考え過ぎていましたね」

阪神に移籍した漆原大晟【写真:小林靖】
阪神に移籍した漆原大晟【写真:小林靖】

試行錯誤の末に届いた能見さんの“一言”

 マウンドで表情を変えず打者に対峙する投球スタイルを貫いてきた能見さんだが、普段は温厚で口調もまろやか。選手に対してストレートに指摘したり、アドバイスをしたりするケースはほとんどなかった。「兼任コーチなので(投手陣の中で)僕しか監督やコーチの思いは分からない。そこの意味をくんで選手には遠回しに伝えていました」。現役引退した際、43歳の言葉が響いた。

 コーチの立場をわきまえていただけでなく、ヒントになる言葉だけを投げかけることで、選手の考える力、自立する力を引き出す狙いもあった。プロ2年目だった宮城大弥投手には「このままじゃ、勝てないよ」という言葉を投げかけたこともある。宮城は「1人で背負い過ぎなくてもいい」と言葉の意味を理解し、13勝を挙げ新人王に輝いた。

 試行錯誤を繰り返していた漆原にとっても、能見さんの“一言”は心に響くものだった。2022年シーズンは満足のいくものではなかった。ウエスタン・リーグ開幕2戦目(タマスタ筑後)のソフトバンク戦では、9回にマウンドへ。6-2と4点リードの状況から5番手として登板したが、26球、打者9人に6安打を浴び、1死を奪っただけで5点を失い、サヨナラ負けを喫してしまった。

 シーズン初登板で防御率135.00。まさかの事態に漆原は「ずっと気にしないつもりでいましたが、気になっていたのかもしれません」と振り返る。シーズン初登板での“失敗”を引きずり、1軍登板がないまま終えた。

「野球選手として終わるかもしれない…」懸命に遂げた復活

 高山郁夫投手コーチ(当時)からは「1年を棒に振って取り組んでも、野球選手として終わるかもしれない。何とか乗り切れば、来年以降につなげることができるかもしれない」とアドバイスを受けるほどの“重症”だった。

「ボールは悪くないのですが、結果が良くないんです。キャッチボールやブルペン(投球)では良いボールが投げられているのに、マウンドで再現ができない。ストレートで取れていた空振りやファウルが少なくなって、手詰まりになった状況でストレートが打たれてしまって……。自分らしい力強いストレートを取り戻せるように取り組みました」

 能見さんの言葉を忘れなかった。「本当に、シンプルに自分の中でピックアップした項目だけを取り組みました。例えば、ブルペンではこれだけをやる、マウンドだったらこれだけを絶対にやると。あれもこれもではなく、必要なことだけを取り組みました」。その結果、2023年は1軍で16試合に登板、1ホールド、防御率3.00の“復活”を果たした。

 花を咲かせるためには、枝の“選別”が欠かせない。養分を送るために取捨選択は、ピッチングにもつながる。なにより、幹を太くしなければ綺麗な花を咲かせるのは難しい。能見さんの言葉を漆原なりに理解した結果が、復調につながった。

 プロ6年目のシーズンは、新天地で迎える。現役ドラフトで阪神に指名されて移籍。昨季の日本一チームから必要とされたのは、蘇った直球を評価されたためだろう。「もっとうまくなりたいという思いだけです。現状維持が1番、良くないと思っています」。迷路からの脱出に時間はかかったが、遠回りしてもひたむきな努力で活路を開いてきた。

 今度の舞台は、大観衆の甲子園。根強く、幹は太く。もう一花を咲かせる準備はできている。

○北野正樹(きたの・まさき)大阪府生まれ。読売新聞大阪本社を経て、2020年12月からフリーランス。プロ野球・南海、阪急、巨人、阪神のほか、アマチュア野球やバレーボールなどを担当。1989年シーズンから発足したオリックスの担当記者1期生。2023年12月からFull-Count編集部の「オリックス取材班」へ。

(北野正樹 / Masaki Kitano)

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