プロ選手も殺到する“注目理論” ドラ1は大変貌…データ分析もかなわない「予知能力」
鴻江寿治氏主宰の「鴻江キャンプ」が1月に開催…プロ野球からは12選手参加
プロ野球界は現在、春季キャンプ真っ盛りだが、1月の自主トレ期間中に、来たるシーズンへ向けて体を見つめ直す選手たちが集う、注目の合宿が福岡県八女市で行われた。アスリートコンサルタント・鴻江寿治氏の「鴻江スポーツアカデミー」が主宰する合同自主トレ「鴻江キャンプ」だ。
これまでも元中日の吉見一起氏や、現メッツの千賀滉大投手が参加し大きく飛躍していったが、今回もプロ野球界からは若手を中心とした12人が、ソフトボールを含む他競技を含めると計24人のアスリートが参加。その人気の秘密は、どこにあるのだろうか。
鴻江氏は2006、2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)や五輪女子ソフトボールなど、数々の国際大会にトレーナーとして参加。松坂大輔氏(元西武ほか)や、毎年このキャンプに参加する女子ソフトボールの“レジェンド”上野由岐子投手など、多くのトップアスリートをサポートしてきた実績を持つ。
八女市でのキャンプは20年ほど前から実施し、年々参加希望者が増加。今年も、プロ野球からは35人前後と申し込みが殺到したというが、受け入れ側のキャパもあり「ベテランの方は申し訳ないですがお断りして、若手中心にしました」と鴻江氏。西武の今井達也投手、隅田知一郎投手、ロッテの種市篤暉投手、安田尚憲内野手、ヤクルトの木澤尚文投手ら12人のうち、7人は初参加だ。
1月15~19日の5日間のキャンプは、午前中に八女名物の茶畑で下り坂ランを行い、久留米市民球場に移動して夕方までピッチング・バッティング練習、トレーニングを実施。そして夜はトレーニング場で体のケアを行い、練習中に撮影した映像を見ながらの動作解析やディスカッションを行うのが流れとなる。
猫背タイプの「うで体」、反り腰タイプの「あし体」に分かれる
合宿での指導の根幹を成すのが鴻江氏の提唱する「鴻江理論」。理論と書くといかつい感じがするが、人の体を2タイプに分けるという、実にシンプルなものだ。
1つが「うで体」(うでからだ)。猫背になりやすい、背中側から見て左肩が右肩よりも上がっている、右の骨盤が前傾・左の骨盤が後傾している、などが特徴。重心が前寄りで、腕から動作を開始するとスムーズな動きにつながる。
もう1つは「あし体」(あしからだ)。反り腰になりやすい、背中側から見て右肩が左肩よりも上がっている、左の骨盤が前傾・右の骨盤が後傾している、などが特徴。重心が後ろ寄りで、足から動作を開始するとスムーズな動きにつながる。
参加選手もこの2タイプに分かれ、濃紺のシャツを着用するのは「うで体」、グレーのシャツは「あし体」と一目で見分けがつく。例えば、隅田や木澤、ソフトボールの上野は「うで体」、今井や種市は「あし体」だ。
これは、一般の人でもセルフチェックできる簡単な方法がいくつかある。例えば、イスから立ち上がる時、頭を前に出し背中を丸め、手を使うと立ちやすいのが「うで体」、背中を反らせて目線を上向きにし、手を使わなくても立てるのが「あし体」。
壁押しをするとき、腕を伸ばして頭を下げて押すのが「うで体」、腕は曲げて胸を壁に近づけ、頭は上げて背中で押すのが「あし体」。枕を高くしないと寝られないのが「うで体」、枕があってもなくても気にならないのが「あし体」……といったものが一例だ。
鴻江氏によれば、この2タイプは「お母さんのお腹の中にいる時の姿勢で決まっており、生まれつきのもの」だといい、「持って生まれた本能に対して、逆らった動きをしているために、いいパフォーマンスができなかったり体に痛みが出たりするんです」と語る。
打撃・投球練習ではディレイで動作を映し出すモニターを設置し、細かく動作を確認しながら鴻江氏らコーチ陣がアドバイス。腕始動か足始動かはもちろん、腰のタメの作り方や視線の位置など、鴻江氏の身振り手振りの指導は細部に及んでいた。
「体の負担が減り、球数もほうれるようになった」と隅田
今回の参加者の中で、鴻江キャンプを経て大きく変貌を遂げた好例が、プロ3年目を迎える西武の左腕・隅田。新人年の2022年こそ1勝にとどまったが、キャンプに初参加し、本来の「うで体」タイプへと投球動作を見直した昨季は9勝をマーク。侍ジャパンにも選出された。序盤こそ結果が出ずに2軍落ちも経験したが、「やっていることにブレはなかった。3点取られて負けていたのが、2失点で勝てるようになったのは大きい」と鴻江氏は語る。
隅田自身も、鴻江キャンプでの取り組みに手応えを感じていた。
「1年目は(投球時に)真っすぐ立とう、体が反りすぎていました。今は多少猫背になっても、僕なりに一番骨盤に力が入るところで投げています。球数もほうれるようになったし、体への負担も変わりました。成果が出ているので、それをより良くしていくのが目的です」
練習中、投球動作に入る前に腰を動かす様子が見られたが、「うで体」タイプとして「腕からリズムを作って動いていくための準備」とのこと。さらに、投げる左腕が自然に“遅れて振られる”ように、「(捕手側の)右目で体(の開き)を抑え、右腰をぶつけるようにして粘りを作る」ことをイメージしていると語ってくれた。
投球にせよ打撃にせよ、鴻江氏が重視するのが、実は動作よりも前の“構え”だ。現在は分析機器によってあらゆる投球データが可視化されるが、「それは『○球目の回転数が良かったから、そのフォームで投げよう』という考え方。ウチは『理論に則って投げれば、必ずそのボールになる』という考え方です」。そして、こう続けた。
「セットの段階で7割、始動してテークバックの段階で9割、どんなボールがいくかわかります。映像を見るのは、答え合わせをするだけ。たとえワンバウンドのボールだったとしても、『今のはよかったよ』と言うこともあります。体育大学の方にも、10秒後を予知できるのはウチだけだと言われますね(笑)」
夜のディスカッションでは毎日、球団や競技の垣根を越えて、熱い意見交換が夜中まで交わされる。「自分を理解し、受け入れるのが大事」と強調する鴻江氏。一流選手でも迷いは生じるものだが、そこで客観的視点を交えて“自分”を見つめ直すことができる、それが鴻江キャンプ人気の秘密なのだろう。
(高橋幸司 / Koji Takahashi)
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