超大物ドラ1がいきなり浴びたプロの洗礼 覚醒呼んだ相手4番からの“アドバイス”
山口高志氏はプロ1年目に12勝で新人王、日本シリーズMVPに輝いた
日本一の瞬間、グラブを真上に放り投げた。1975年、阪急(現オリックス)の黄金ルーキー・山口高志投手はプロ1年目から大活躍した。32登板中、22試合に先発し、4完封を含む18完投、12勝13敗1セーブ、防御率2.93。阪急の優勝に大きく貢献し、新人王に選出された。広島との日本シリーズでは6試合中5試合に登板して1勝2セーブ。胴上げ投手になってシリーズMVPに輝いた。
この年の阪急は開幕から4連勝。山田久志投手、足立光宏投手、米田哲也投手がいずれも完投勝利、4試合目も竹村一義投手、戸田善紀投手のリレーで勝利した。山口氏の出番は5試合目の4月11日、日本ハム戦(後楽園)。1点を追う4回から、先発の白石静生投手をリリーフした。緊張していた。いきなりヒットを許した。「セットしていても震えていて、止まっているのかなって感じでした。武者震いではない。緊張感ですね」。
高校、大学、社会人と経験豊富なはずだったが、プロはまた違ったムードがあった。「ブルペンからマウンドに行く白線を越えたら、緊張感はだいたいなくなるんですけど、初めてプロで投げた頃は逆に投げ出して、じわじわと緊張感が出てくるという感じでしたね」。それでも4回から6回までの3イニングはゼロに抑えた。阪急打線は5回に追いつき、7回に1点勝ち越した。だが、その裏、日本ハム打線につかまった。
2死満塁で代打・内田順三外野手に走者一掃の三塁打を許し、逆転された。8回にも加藤俊夫捕手(この試合は一塁手で出場)にソロアーチを浴び、デビュー戦は5回4失点で敗戦投手となり、チームの連勝を止めてしまった。2試合目の登板は4月19日の太平洋戦(西京極)。0-2の7回2死二塁で先発・足立をリリーフしたが、3番のマティ・アルー外野手を歩かせた後、4番・土井正博内野手に左前にタイムリーヒットを打たれた。
土井には9回にもソロアーチを浴びた。勝ち負け関係なしの2回1/3を1失点で、試合は0-4で敗戦。完封勝利をマークした太平洋の先発は、高校時代のライバル・東尾修投手だった。実はこの試合が山口氏には“転機”になった。「土井さんに何を打たれたかは覚えてなかったんですけど、福本(豊)さんに『土井さんが“高志は何で真っ直ぐで押さないのか、真っ直ぐが打ちづらいのに”って言っていたぞ』と言われて、俺のピッチングはちょっと変わったんです」。
プロに入ってカーブに磨きをかけ「スライダーもいっぱい練習していました」。頭の中のどこかにストレートだけでは、との思いがあったからだが、福本氏に聞いた土井氏の言葉で「持っているもので勝負しようと思った」という。「真っ直ぐを力一杯投げる。あれこれ考えないで投げられるようになったと思います」。土井氏と福本氏は大鉄高校の先輩、後輩の間柄。この関係からの“アドバイス”が山口氏を覚醒させた。
日本シリーズで胴上げ投手に…グラブを真上に放り投げた
3試合目のマウンドとなった4月22日の南海戦(大阪球場)で山口氏はプロ初先発。グイグイ真っ直ぐで押して3安打1失点、9三振を奪い、初勝利を初完投で飾った。その後も勝ち星を重ね、5月25日のロッテ戦(後楽園)で被安打1のプロ初完封勝利。6月8日のロッテ戦(西宮)ではプロ初セーブもマークするなど、阪急の前期優勝に貢献した。オールスターゲームにも監督推薦で出場し、7月23日の第3戦(神宮)ではセーブを記録した。
後期は成績を落とした。8月24日の西宮球場での太平洋とのダブルヘッダーに2試合とも登板。1試合目は5-5の9回にリリーフして5失点で敗戦投手。2試合目は先発して4回9失点で敗戦投手。1日で2つの黒星がつくなど、ハードワークも響いた。阪急は後期最下位に終わった。だが、山口氏が「あまり苦しんだイメージはないんですよね」というようにここからまた盛り返した。後期優勝の近鉄とのプレーオフでは2勝をマークして優秀選手賞を受賞した。
プレーオフ第2戦(10月16日、西宮)では12安打を許しながら、192球を投げて4失点完投勝利。「よくそこまで放らせてくれたなと思いますね」。第4戦(10月20日、藤井寺)は3失点完投勝利で胴上げ投手になった。勢いはもう止まらない。4勝2分で阪急が制した広島との日本シリーズでは、5試合に登板して1勝2セーブ。11月2日の第6戦(西宮)では、日本一を決める胴上げ投手にもなった。
「あのマウンドのイメージは強烈に残っています」。第6戦は6-2の6回無死一塁からリリーフして4回1失点で締めた。9回2死一塁で広島・大下剛史内野手を右邪飛に打ち取ってゲームセット。その瞬間、山口氏はグラブを高々と真上に放り投げて、喜びをあらわにした。「終わったぁって表現がああなりました。その後、グラブを自分で拾っていないんですけど、誰かが拾ってくれたんでしょうね、ちゃんと自分のバッグの中に入っていましたよ」。
2023年のWBC決勝、野球日本代表「侍ジャパン」の大谷翔平投手は勝利を決めてグラブを投げた。「彼はWBCですし、俺よりも2倍はうれしかったんでしょうね。帽子を投げてからグラブを投げていましたから。俺はグラブだけですよ」と山口氏は笑う。最後は日本シリーズMVPにも選ばれたプロ1年目。「12勝13敗で負け越しでも、すごく記憶に残る年になりました」。伝説の右腕は、プロでも最高のスタートを切った。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)