「新しい自分」を探して宮崎へ…榊原翼が進んだ“第2の人生” 店頭に立つ姿に同僚もエール

「日南水産」で勤務する元オリックス・榊原翼さん【写真:北野正樹】
「日南水産」で勤務する元オリックス・榊原翼さん【写真:北野正樹】

元オリックス・榊原さんのセカンドキャリアに、ファンも笑顔

 サインを求めるファンの姿や、かつての同僚から掛けられる言葉に支えられている。元オリックスの右腕・榊原翼さんは感謝の気持ちを込めて、キャンプ地に出店した海産物販売ブースの店頭に連日立っている。

 現役引退して2年。キャンプ地として過ごした思い出の地、宮崎市に転居して約9か月が経った。プロ野球の現場に姿を見せることに迷いがなかったわけではないが「新しい自分を見てもらいたいし、宮崎を盛り上げたい」という気持ちが背中を押した。

 知人の紹介で昨年6月から勤務する「日南水産」が宮崎市観光協会とイベントをタイアップした際、協会観光誘致課係長で期間中球場に常駐してオリックスのお世話をしてくれる矢野翔太さんと再会したのが、出店のきっかけだった。宮崎市にキャンプ地を移して10年。節目の年であり、元投手が店頭に立つブースをファンサービスの1つとして設けることになった。

 ブース出店当初はチーフマネジャーの橋口沙耶香さんと調理、接客にあたっていたが、今では応援に駆けつけた同期入団の根本薫さんと2人でブースを任されるまでになった。店頭ではサインや記念写真などファンからの求めに気軽に応じる。2月2日のキャンプ初日には湊通夫球団社長が訪れたほか、同期入団の山崎颯一郎投手や富山凌雅投手らも姿を見せ、声を掛けていた。連日、行列ができるほどの人気店だ。

 キャンプが休日の日には、JR日南線小内海駅前の店舗で通常通りに働く。期間中に休めるのは、店の定休日と重なる1日だけというハードスケジュールだ。それでも榊原さんは「一般の方は朝から夕方まできちんと働いていらっしゃいますから、苦にはなりません」と屈託のない笑顔で答える。

 店は橋口さんの母で取締役のさゆりさんを始め、女性が目立ったが、榊原さんの担当は力仕事だけではなく、接客から仕込みまでこなす。お客さんの目の前でいけすから取り出した伊勢海老を、ピチピチとした活きの良いままに出すのがお店のこだわりだ。

「イップス」で白球を置き…描いた新生活

 当初は伊勢海老を8分以上かかってさばいていたという榊原さんも、今ではさゆりさんの指導もあって4分程度で仕上げることができるようになった。来店した外国人相手には片言の英語と身振り手振りで対応する。さゆりさんが「コミュニケーション能力も高いですね。店が混んでくれば料理も運んでくれます」と言うように現役時代同様、何事にも一生懸命に取り組んでいるようだ。

 さゆりさんの心配事は、仕事を抱え過ぎることで「なんでも『僕がやります』と言ってくれます。こちらがそんなに引き受けなくてもいいよ、と心配して声を掛けるほどです」と話す。もちろん、失敗もあった。ブースに持って行く仕込みの終わった炊飯ジャーを車に積み忘れたり、販売直前にお箸がないことに気付いたこともあった。それでも、持ち前の明るさで対応している。

 店頭に立つ目的は、もう1つあった。2度の戦力外通告を受けた後、球団関係者やファンに十分な説明ができないまま球界を去ったことのお詫びがしたかった。12球団合同トライアウトを不合格になった後、担当スカウトだった牧田勝吾副部長らの紹介で社会人野球チームの採用が決まったものの、契約直前に断ってしまった。「イップス」や体調不良でボールが握れなくなってしまっていたことが理由だった。キャンプ中盤に牧田氏がブースに訪れてくれたことで再会は果たせたが、接客に忙しく十分な〝謝罪〟をすることはできなかったことは無念だったという。

 ブースに足を運んだ山崎は「進む道は確かに変わってしまいましたが、野球をやっている期間なんて人生の半分もあるかないかなんですよね。これから先の方が長いので、野球をしていたというのは(今の彼にとって)凄い財産になります。僕らは野球しか知りませんから。今後の人生を考えたら凄くデカいことだと思います。お互いに頑張って、時には食事や飲みに行ったりできる仲を続けていきたいと思っています」とエールを送る。

 榊原さんは、宮崎にしばらく居るつもりだ。現役時代のキャンプ休日に訪問した宮崎市内の特別支援学校を再訪するなど、ボランティアとしての活動も視野に入れる。そんな考えを伝え聞いた牧田さんは「元プロ野球選手だからこそ、みなさんを笑顔にすることもできます。飲食店での仕事も、選手のセカンドキャリアとして選択肢が広がることで、素晴らしいと思います」と微笑ましく見守る。現役引退当時のいきさつについて「彼の人生の方が大事ですから、まったく問題はありません」と明るく語る。

 榊原さんの勤める店は2021年9月、台風14号による豪雨災害で、道路と線路を挟んだ山の斜面が崩落して大きな被害を受けた。店内にいたさゆりさんは、山から「ミシミシ」という音や焦げ臭さなどの異常を感じた義姉に促され、土砂に襲われる直前に車で避難したが、店の設備や魚介類は大きな被害を受け2023年3月まで休業を余儀なくされた。店を再開して2か月後にやって来たのが榊原さん。ともに新たなスタートは始まったばかりだ。

○北野正樹(きたの・まさき)大阪府生まれ。読売新聞大阪本社を経て、2020年12月からフリーランス。プロ野球・南海、阪急、巨人、阪神のほか、アマチュア野球やバレーボールなどを担当。1989年シーズンから発足したオリックスの担当記者1期生。関西運動記者クラブ会友。2023年12月からFull-Count編集部の「オリックス取材班」へ。

(北野正樹 / Masaki Kitano)

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY