「自分を追い込み過ぎた」極限状態から取り戻した輝き DeNA中川颯の“恩返し”
横浜市出身、ベイ党一家で育ち「ファンでしたし憧れもありました」
オリックスを戦力外となりDeNAに加入した中川颯投手が、新天地で輝きを取り戻している。神奈川県横浜市出身で「ファンでしたし、憧れもありました」という地元チーム。投げられる喜びに満ち溢れたその表情は、明るい。
DeNA入団に涙を流して喜んでくれた祖父をはじめ、“ベイ党一家”で育った。小学生、中学生時代は自身の野球の合間を縫って、年に4、5回は横浜スタジアムに通った。使っていたグラブは「石井琢朗モデル」。「姉は古木(克明)さんのファンでしたし、家には筒香(嘉智)さんのユニホームもありましたよ」と笑った。
実は小学6年生のときには、トレーニング施設で三浦大輔現監督と遭遇したこともある。握手をしてもらって感激したあの日から14年が過ぎ、同じユニホームに袖を通した。チーム合流後に当時の話をしたそうで「『え?』って言われて、もちろん覚えていなかったですけど」と言いつつ、どこか嬉しそうだった。
1月下旬、ビジョン撮影で初めてベイスターズブルーのユニホームに袖を通した。ウキウキで自撮りをして感慨に浸り、ユニホームの写真は両親にも送った。「親孝行? いや、それはこれからです」。目には強い決意が宿っていた。
オリ戦力外→DeNAからの電話「めちゃくちゃうれしかったですね」
立大から2020年ドラフト4位でオリックスに入団。ルーキーイヤーに1試合に登板したが、2年目のオフに戦力外通告を受けて育成契約へ。2023年は春季キャンプに参加することもできず、支配下に上がることはできずに再び戦力外となった。
「昨年、一昨年は自分で自分を追い込み過ぎたというか……。結構大変な思いをしました」と吐露するサブマリンは、実は「もう辞めようと思った」というほど極限状態にいた。
そんなときに手を差し伸べてくれたのが、原点であり、憧れの球団だった。「めっちゃくちゃうれしかったですね」と喜ぶのも当然だろう。一本の電話に救われ、気持ちを取り戻した。
「一度死んでいる身なので。焦りはないし、気持ち的には割り切れています。拾ってもらった恩があるので、それを返すことに専念しているというマインドです」
ベイスターズが前回優勝した1998年生まれの26歳。誕生日は10月10日だが「本当は優勝した8日が予定日だったんです。2日遅れたみたいです。“申し子”なんですかね」と屈託ない笑顔を見せた。そしてふと、実感を込めて言う。「凄い縁ですよね」。大好きな場所で、大好きなユニホームで——。野球ができる喜びを胸に、中川颯の止まっていた時間が再び動き出した。
○著者プロフィール
町田利衣(まちだ・りえ)
東京都生まれ。慶大を卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2011年から北海道総局で日本ハムを担当。2014年から東京本社スポーツ部でヤクルト、ロッテ、DeNAなどを担当。2021年10月からFull-Count編集部に所属。
(町田利衣 / Rie Machida)