DeNA初のCSも…悲運のエースは「見る気になれなかった」 山口俊が抱え続けた“葛藤”
山口俊氏は2016年の開幕投手内定も調整登板で捻挫「足がパンパンに腫れた」
DeNA(前身含む)、巨人で活躍し66勝112セーブを挙げた山口俊氏は、2016年にDeNAの開幕投手が内定していたが、怪我で回避した。その後も負傷に泣き、球宴や球団初のクライマックスシリーズ(CS)登板もかなわなかった。Full-Countのインタビューで当時の心境を明かした。
2014年シーズン途中に先発に復帰した山口氏は2016年に新監督に就任したアレックス・ラミレス氏から開幕投手に指名された。「チームの柱として認めてもらった。あるいはこれからの柱として頑張ってくれ、といい意味で責任感を持たせてくれるポジションだと思っている。早い段階でラミちゃんから連絡もらいました。この人のために頑張ろうと1番思わせてくれた監督でした」。自身初の大役に気持ちを高ぶらせていた。
2012、2013年はラミレス監督も現役としてDeNAに所属。当時から「私がDeNAの監督になったらシュン(山口)は先発として、エースで使う」と、声をかけ続けてくれたという。その頃は中継ぎを任されていたが、先発として高く評価されていた。
しかし、開幕へ向けた3月の調整登板で、一塁ベースカバーに入った際に右足首を捻った。「3回くらいに痛めたんですけど、そのまま7回まで投げました。自分は調整という感覚ではなく、結果を残して信頼を得たかった。大丈夫と思っていたんですが、試合後に足がパンパンに腫れて、コーチに伝えました」。
状態は「すごく良かった」という。それだけに「テーピングを巻くのでやらせてください」と開幕投手を懇願したが、長いシーズンを考慮し「無理してあとに引きずるとまずいということになりました。めっちゃ悔しかったです」と回顧した。
CS前の登板で8回無失点も右肩の違和感拭えず「もうダメだと思いました」
開幕5カード目から復帰し、順調に成績を残すと監督推薦での球宴出場も決まった。第2戦での先発が内定していたが、登板1週間前の練習で左足首を痛めて出場を辞退した。さらに怪我は続いた。
この年DeNAは11年ぶりのAクラスとなる3位に滑りこみ、球団史上初のCS行きを決めたが、CS切符確定へのカウントダウンが始まっていた9月10日の中日戦(ナゴヤドーム、現バンテリンドーム)に先発した山口氏は完封ペースで好投。しかし、この試合は実は右肩に違和感を抱えたままのマウンドで、8回の3アウト目となった打者をフォークボールで中飛に打ち取った瞬間に「そこでもうダメだと思いました」。
ベンチに戻って篠原貴行投手コーチから「シュン、交代な」。いつもなら「絶対に行きます」「まだ投げます」などと返す恒例のやり取りのはずが、神妙な表情で「分かりました」。「え? どうしたお前……」。驚く篠原コーチに「やばいです。肩が上がらないです」。8回無失点で勝利投手となったが、まさかの離脱となった。
「この年はポイント、ポイントで怪我でした。右足首をやって左足首、右肩。それぞれ完治する前にプレーしていた。自分ではいけると思っていた。自然とかばって、怪我につながったのかもしれません。自分の気持ちとしては100まで治らなくても、80ならいきたい。60でもいきたいくらいなので」
10月8日からの巨人とのCSファーストステージへ向け、鍼治療など懸命に回復を試みたが痛みは取れなかった。チームは壮絶な戦いを制して巨人を破った。山口氏は「試合は見ていなかったかな。見る気持ちになれなかった」と心境を吐露。入団以来最多の11勝(5敗)、防御率2.86という堂々の成績を残し、チームの躍進に貢献しながらも、節目で怪我に泣かされた2016年シーズンだった。
(湯浅大 / Dai Yuasa)