大谷翔平と「今は会えない」 叶わなかった対面…伝説の外野手に見せたかった“光景”

ドジャース・大谷翔平【写真:Getty Images】
ドジャース・大谷翔平【写真:Getty Images】

マッシー村上氏が語っていた故・メイズ氏との逸話

“伝説の外野手”と称され、通算打率.301、3293安打、660本塁打、339盗塁とメジャー史に名を残したウィリー・メイズ氏が18日、93歳で他界した。バリー・ボンズ氏やケン・グリフィーJr.氏ら球界の大スターらが続々と追悼の意を示した。そんな中、現役時代から親交のあったマッシーこと村上雅則さんは生前のメイズ氏とのエピソードを明かしていた。

「大谷の試合に行くよって誘ったんだけどね。お手伝いさんから体調悪くして今は会えないんだって言われたんだよ」。5月13日(日本時間14日)からオラクルパークで行われたドジャース対ジャイアンツ3連戦。ドジャース・大谷翔平投手の打席を三塁側から見守った村上氏は、メイズ氏をこの試合に誘っていた。

 村上氏は日本人初のメジャーリーガーとして19654年から2年間ジャイアンツでプレー。当時、キャプテンを務めていたのがメイズ氏だった。偶然にも2人の誕生日は同じ5月6日。意気投合し、現役引退後も村上氏が渡米する度に、メイズ氏の家を訪れていたという。

 大谷にメイズ氏のサイン球をプレゼントしたこともある。当時はメジャー移籍前の日本ハム時代。「大谷くんはキョトンとしていた感じで。ウィリー・メイズってよくわかってなかった」。懐かしむ。

大谷にプレゼントしたサイン球「今になって価値が分かってくる」

 2024年5月6日(同7日)、大谷はメイズ氏の93歳の誕生日に3戦連発となる11号を放った。この時点で、37試合を消化し打率.370、25長打以上を放っていた。MLB公式サイトのサラ・ラングス記者によると、これを達成しているのはメイズ氏と大谷のみだった。

「今になってメジャーで自分が活躍をし始めて、サイン球の価値がどんどんわかってくるんじゃないかな」

 村上氏がそうポツリと言った。大谷がメジャーで前人未到の二刀流を成し遂げ、ベーブ・ルース氏と比較されるような存在になり、改めて偉大さを知ることできたのだろうと推測していた。

 メイズ氏は1951年、現代にも語り継がれる「ザ・キャッチ」を披露するなど、走攻守でジャイアンツを引っ張り、ワールドシリーズ制覇に導いた。そして、今まさに大谷はドジャースを世界一に導こうとしている。その勇姿を、村上氏はメイズ氏に見せたかったのだろう。

(川村虎大 / Kodai Kawamura)

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