ありえなかった“早実以外” 決意の母との上京…プロ注目の主将が誓った「兄のためにも」

早実高の主将、宇野真仁朗【写真:宮脇広久】
早実高の主将、宇野真仁朗【写真:宮脇広久】

早実が西東京制覇、宇野真仁朗主将「最高の気分」

 甲子園は自分だけの夢ではない。夏の高校野球西東京大会の決勝戦が28日に神宮球場で行われ、早実高が10-9で日大三高を破り、9年ぶり30回目の夏の甲子園切符を手にした。早実の主将、宇野真仁朗内野手(3年)は尊敬する兄の夢も同時に叶えた。

「一番の目標である甲子園が達成できて、最高の気分です。(甲子園でも)全員野球で勝ち進みたい」。3時間14分の激闘を戦い抜いた主将の顔は晴れやかだった。

“強打早実”を牽引した。「2番・遊撃」でスタメン出場すると、初回無死一塁で、右中間を破る先制適時二塁打を放ち、チームはこれを皮切りに一挙3得点。試合はその後、壮絶な打ち合いとなり、9-9で迎えた9回、8番・内囿光太内野手(3年)のサヨナラ打で、シーソーゲームに終止符を打った。

 高校通算64本塁打の宇野は、今春から「低反発」の新基準に完全移行した金属バットではなく、木製バットを使用している。だが、いまだに試合で折ったことはない。打撃センスが光るプロ注目の逸材は、この日1打数1安打、4四死球で見せ場が少なかったものの、1打点1盗塁3得点でチームに貢献した。

 早実の和泉実監督は「満場一致というか、他に誰かいるのかよという感じで主将に選出されました。下級生からも慕われ、尊敬されています。彼自身、今大会の前半は注目されながら結果を出せず、苦しんでいましたが、それをチームに波及させず、チームメートがやりやすい環境を整えた。稀に見るキャプテンだと思います」と称賛する。相手の日大三・三木有造監督も「打たなくても点に絡めるところが、いい選手ですね」と脱帽した。

「兄のためにも甲子園でプレーしたい」

 宇野が早実を選んだのには、かけがえのない理由があった。早実の校舎は東京・国分寺市、グラウンドは同・八王子市にあるが、東京都外からの入部希望者が多い名門野球部には珍しく、野球部専用の寮がない。千葉・浦安市に実家がある宇野は、入学と同時にグラウンドの近くに部屋を借り、母の博子さんと2人暮らしを始めた。

 そこまでしてでも、絶対に早実に入りたかった。4歳上の兄・竜一朗さん(早大野球部4年)も早実に入学し甲子園を目指していたが、新型コロナウイルスの感染拡大で、3年の夏の甲子園大会が中止になった。夢を断たれた兄の姿が、当時中学2年生だった宇野の目に焼き付いた。

「自分が野球をやっていく上で、常に先にいる存在で、兄に追いつきたいという気持ちだけで野球をやってきました。その兄が甲子園を目指せない環境に追いやられた。本当に悲しくて苦しかったと思います。その思いを背負って、兄のためにも甲子園でプレーしたいという気持ちが強かったです」

 入部してからは夢のために、練習に没頭した。夜遅くヘトヘトで帰ってくる宇野を、家族が支え続けた。博子さんが側で支え、千葉に残った父の誠一さんは“逆単身赴任”状態に耐え、仕事の都合がつけば東京まで駆け付けてくれた。都内の銭湯に連れて行ってもらったこともある。男同士、多くを語り合う機会は少ない。ただ、決勝戦へと向かう玄関でひと言だけ。「緊張するかもしれないけど、自分らしく頑張れよ」と声をかけられた。

「本当に今まで支えてきてくれてありがとう、という気持ちと、甲子園でも一戦必勝で頑張るので応援お願いします、という思いです」。はにかみながらも両親へ向けて、感謝をストレートな言葉にした。両親と兄に、甲子園ではつらつと輝く姿を披露する。

(木村竜也 / Tatsuya Kimura)

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