「歴史的な負け」も…“66点差”に見えた未来 再確認した原点「野球がしたい」

青鳥特別支援学校を率いる久保田浩司監督【写真:佐々木亨】
青鳥特別支援学校を率いる久保田浩司監督【写真:佐々木亨】

特別支援学校の単独チームとして初となる西東京大会出場

 神奈川の強豪・慶応高が25日、「甲子園夢プロジェクト」の一環として横浜市の同校野球場で、全国から集まった知的障害を持つ特別支援学校生38人と合同練習を行った。昨夏の全国高校野球西東京大会で、特別支援学校として初めて単独チームで出場した東京都立青鳥(せいちょう)特別支援学校も参加。「野球が好き」。選手たちの純粋な思いが詰まった笑顔が、グラウンドに広がった。

 単独チームで試合になるのか――。「3アウトを取れるの?」といった懸念の声も世間にはあった。対戦する都立東村山西高は実力校でもある。それでも、昨夏の青鳥特別支援学校は懐疑的な風を吹き飛ばすかのように、最後まで戦い抜いた。5回コールドの大敗。新チームから副主将を務め、投手や一塁手、時には捕手も担う2年生の後藤浩太選手は、苦笑いを浮かべて夏の公式戦を振り返る。

「歴史的な負けだったんですけど……。秋の大会も同じ0-66で、ひどい点差。でも、僕たちは一段ずつレベルが上がっていると思う」

 彼らにとって、夏と秋の公式戦は大きな一歩だった。大会を経て、秋口に行った山梨遠征での練習試合では、「初めて2点を取ったんです」と後藤は嬉しそうに話す。「失点も50点台になって、チームとして何となく成長できているなと感じた」と語る表情には、自信がうかがえる。

 2023年に東京都高野連に加盟した青鳥特別支援学校は、現在1、2年生を合わせて10人の部員がいる。彼らの「自信」は、単独チームで出場した公式戦の経験もさることながら、慶応高との合同練習も大きく影響しているようだ。「甲子園夢プロジェクト」は、特別支援学校生らにも甲子園を目指せる環境を提供、そして互いの球児たちが交流を深めることで「野球への思い」をそれぞれが再確認できるものとして2021年からスタート。今年で6度目(オンライン開催での1度を含む)を迎えた。

特別支援学校生と慶応野球部員【写真:佐々木亨】
特別支援学校生と慶応野球部員【写真:佐々木亨】

慶応高としても「学び」「気づき」がある合同練習

 同プロジェクトの立ち上げに尽力したのが、青鳥特別支援学校のベースボール部監督を務める久保田浩司氏だ。慶応高の選手と特別支援学校生が「会話」も交えながらグラウンドで一緒に野球をする光景を見て、久保田監督はしみじみと言う。

「置かれている環境は違いますが、いざグラウンドに立てば、同じ野球のプレーヤーとして楽しく、学び合いながらやるのが合同練習の良さであり、意義だと思います。生徒たちの大きなモチベーションになりますよね」

 2023年夏の甲子園大会で、107年ぶりの全国制覇を果たした慶応高は、まさに名門だ。そんな彼らとの“時間”は、特別支援学校生にとって学びが多い。前出の後藤は「日本一になったチームは、こういうレベルか」と言い、その技術と取り組みを肌で感じて目を輝かせる。昨夏の西東京大会を思い起こして「選手たちはアウトを取るのも必死だった」と言う久保田監督は、言葉を足す。

「もちろん、慶応高の選手たちとのレベルの差はありますが、ウチの選手たちも、こういう合同練習を経験させてもらいながら、日々の練習を一生懸命にやっています。スモールステップですけど、一つでもできることが増えると嬉しそうな顔をするんですよ。伸びしろは無限大です」

 また、慶応高の森林貴彦監督は「野球という共通言語でつながり、コミュニケーションを取る機会」としての同プロジェクトの意義を語り、こう続けるのだ。

「ペアを組んでマンツーマンで行う合同練習では、目の前のパートナーと会話をして、それぞれに感じてもらいたい」

 慶応高の選手にしてみれば、「教える」という一方通行ではなく、逆に特別支援学校生から教わることも多くあるのだという。忘れてしまいがちな「野球の楽しさ」も、再認識するのだ。慶応高の山田望意(のい)主将は「野球っていいなと、改めて気づきました。(特別支援学校生の)みんなは野球が好きで、野球をやりたい思いは、自分たちよりも上だった」と言う。

 合同練習が、特別支援学校生の自信を植えつける。「野球がしたい」。その思いをさらに強くさせ、一歩前へ突き動く原動力となる。青鳥特別支援学校の選手に負けじと、全国から集まった夢プロジェクトに登録する球児たちの「楽しむ」声もまた、慶応義塾日吉台野球場の空に響いていた。

(佐々木亨 / Toru Sasaki)

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