「若者が戻らない…」街の危機 企業が打ち出した野球での解決策、離島から目指す全国

JABA四国大会出場に向けて守備練習をする選手たち【写真提供・イワキテック硬式野球部】
JABA四国大会出場に向けて守備練習をする選手たち【写真提供・イワキテック硬式野球部】

造船業のイワキテックの挑戦が3月末にスタート

 造船関連製品を製造するイワキテックが企業でクラブチームを立ち上げ、2025年シーズンから社会人野球に参戦する。2024年8月にJABA四国野球連盟に加盟し、3月23日に今治市で始まる春季四国大会で公式戦デビューする。若手人材の確保という企業の課題解決に向けた取り組みは、同時に地域活性化という側面も持ち合わせている。クラブチームの誕生は、離島・岩城島の上島町の未来にどのような可能性をもたらすのかを探った。

 上島町は野球熱が非常に高い地域として知られる。少年野球や中学野球が盛んで、地域全体の野球人口は多い。町の高校に進む選手もいれば、今治西、松山商、新田、小松といった甲子園出場の名門校へ進学する選手も少なくない。

 しかし、地元で育った選手たちの多くは大学進学を機に地元を離れ、そのまま戻ってこない。これは野球選手に限らず、一般の若者にも共通する現象だ。社会人になってもプレーを続けられる環境が乏しく、「野球を続けたいなら、地元に戻る選択肢がない」という状況が続いていた。

 瀬戸内海に浮かぶ岩城島を含む上島町は、独自の魅力を持つ地域だ。温暖な気候に恵まれ、1年を通じてスポーツを楽しめる環境が整っている。この地に訪れる観光客も多く、サイクリングやシーカヤックなどのアクティビティが楽しめるのが特徴だ。また、しまなみ海道に近くアクセスも良好で、「青いレモンの島」として知られる岩城島では、新鮮なレモンや柑橘類を使った特産品が人気を集めている。

 こうした自然豊かな環境は、野球選手にとっても大きなメリットとなる。冬場でも温暖な気候のため、トレーニングがしやすく、コンディション維持に適している。イワキテックの選手たちも、こうした恵まれた環境の中で日々練習に励んでいる。
 
 クラブチームが地域に定着するためには、地元住民との関係構築が欠かせない。四国では既に、独立リーグの徳島インディゴソックスが成功例を示している。同チームは地元住民や自治体との関係構築に積極的に取り組み、選手による小学校での運動教室や地域イベントへの参加を通じて着実に存在感を高めてきた。社会人野球のクラブチームを作ったからにはイワキテックもこうした先行事例を参考に、小学校や保育園で運動教室を開催し、野球を知る機会を提供している。「地元の子どもたちに野球を知ってもらい、将来の担い手を育てたい」と村上太一部長は語る。

チームスローガンは「上島町から全国へ」

 地方創生の取り組みの一つとして、スポーツを通じた地域活性化が注目されている。イワキテックの事例は、「離島だからこそできる地方創生」として、新たな可能性を示している。これまで地元の高校生たちは野球を続けるために都市部の強豪校へ進学し、地元には戻れないという流れが続いていたが、社会人クラブチームの設立によって、「地元で野球を続けながら働ける環境」が生まれたことは大きな意味を持つ。

 野球を通じて人が集まることで、地域経済にも波及効果が期待できる。チームの試合を観戦するために人が訪れることで、地元の飲食店や宿泊施設の利用が増える可能性がある。また、企業の知名度向上が、新たな雇用創出にもつながる。地元の特産品を活かしたスポーツイベントの開催や、観光と連携したキャンプ地としての活用など、野球を軸にした地域振興のアイデアも広がっている。

 イワキテックのチームは、「上島町から全国へ」をスローガンに掲げている。「離島でも全国を目指せる」という希望を子どもたちに与えることが、地域に活気をもたらす。地元の小中学生が試合を観戦し、「社会人になっても野球ができる場所がある」と実感できれば、町の野球文化のさらなる発展にもつながる。

 また、選手たちが地域の少年野球や中学野球の指導に関わることで、より一層の相乗効果が期待される。企業スポーツが果たす役割は、単なる競技の場の提供に留まらない。イワキテックの挑戦は、地方のスポーツ振興と人材確保を両立する新たなモデルとなっていく。

(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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