49歳で一念発起、サラリーマンからの転身 無名校を“強豪”へ…高校野球に身を捧げた16年

仙台城南の角晃司監督が3月31日付で退任…2023年夏に仙台育英と県大会決勝で激突
2023年の夏、宮城県の高校野球に旋風を巻き起こした仙台城南高の角晃司監督が3月31日付で退任した。「野球の神様はいつも君たちを見ている」を信条に、ひたむきな姿勢で取り組む選手の育成に尽力した。創部62年目のあの夏、チームは全国に名を轟かせる仙台育英高と甲子園出場を懸けて激突。その躍進の裏には人を育てることの難題と向き合い続けた同監督の道のりがあった。【全2回の前編】(取材・構成=木崎英夫)
春の選抜高校野球も終わり、桜の花が咲く季節がまた巡ってきた。
新入生を迎えたグランドには新たな活気が生まれ、希望のつぼみが膨らむ。時間の流れに寄り添ってきた指導者の胸に広がる思いは「待望の春」。しかし、この季節に去りゆく者もいる。仙台城南高校の角晃司氏もその一人だ。
高校野球ファンには馴染みのない学校だが、仙台育英が盤石の力を誇る宮城県で近年力をつけてきた私立高である。2022年夏に東北勢初の甲子園優勝を果たした仙台育英と、翌2023年の県大会決勝で戦い涙を呑んだ。また、青森・岩手・秋田・山形・宮城・福島の各代表3校(計18校)が集う東北大会出場も果たし、2019年秋の同大会では花巻東と磐城を破りベスト4に進出。翌年の選抜大会の補欠枠獲得に至った。
3月終わりに65歳の定年を迎えた角氏は、16年間の指導者生活をふり返った。
「カッコよく言えば、自分が経験したすばらしい甲子園に選手たちを連れて行きたかった。悔いはそれだけ。ただ、まったくの夢物語だったかといえばそうじゃなかった。2019年秋の東北大会で甲子園が視界に入り、2023年の夏もあと1つというところまで行ったんです。専用のグランドも室内練習場もありません。県外からの選手もまったくいません。だから、超えられなかった“あと1つ”を思う時、後悔はないんです」
高校、大学、社会人で活躍…野球を離れ社業に専念も募った思い
東海大相模、東海大学時代は原辰徳元巨人監督の1年後輩だった。強打の外野手として夏の甲子園に3度の出場と大学で6度のリーグ優勝を経験した角氏は、卒業後の1982年に社会人野球の名門、三菱自動車川崎(現三菱ふそう川崎)に進み、都市対抗野球に7度出場。この間、全日本メンバーにも選出された。
31歳で現役を退くと、5年間のコーチを経て社業に専念した。トラックの部品を調達する部署で課長となり、年間約400億円の取引に携わった。順調なサラリーマン生活を送っていたが、次第に単調さを覚えるようになっていく。刺激になったのは週末のクラブチームでの指導だった。「また野球にかかわりたい」の思いが日々強くなっていった。当時、社の定年は55歳。それまで6年となった49歳で指導者転身を決意した。
遠い目になった角氏が切り出した。
「社内でお世話になった方々に挨拶に行くと『満額の退職金までもうちょっとじゃないか』と言われました。ましてや行き先が東北の無名の高校です、『考え直してもいいのでは?』の声も聞きましたよ。でも、妻は背中を押してくれました。毎日野球にかかわれることを思うと胸は躍り、半分になる退職金のことなどまったく気になりませんでした(笑)」
2009年に保健体育の教諭に…3人の名指導者に育まれた野球観
当時、東海大系列の高校には空きがなく、宮城でスポーツ施設関連の事業を展開する人と知り合ったのが縁で東北工業大学高校(2013年に仙台城南に改称)を紹介され、2009年5月に保健体育の教諭となった。
角氏の野球観はアマチュア球界を代表する3人の名指導者から育まれた。高校時代の故原貢氏、大学時代の岩井美樹氏(現国際武道大監督)、そして故垣野多鶴氏(三菱ふそう川崎)である。彼らからの学びを自信にして高校野球の世界に飛び込んだ。それでも、「人をつくる難しさは想像以上でした」と視線を上げた角氏は、しみじみと言った。
「思春期の真っただ中にいる高校生の内側は常に不安定です。大人の考えが通用しないことを痛感させられました」
10代半ばの多感な選手たちの日常で、小さなことの中に底光りする何かを見いだそうとする角氏の取り組みが始まった――。【後編へ続く】
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)
