企業スポーツで異例の立ち見客 創部108年野球部が歩む、三位一体のモデルケース

日立市長杯大会で本塁打を放った日立製作所の竹内翔汰【写真提供:日立製作所
日立市長杯大会で本塁打を放った日立製作所の竹内翔汰【写真提供:日立製作所

第47回JABA日立市長杯大会・日立製作所野球場で見た光景

 社会人野球のJABA日立市長杯大会に足を運ぶと、立ち見客も出るほどの熱気に圧倒された。4月中旬の日立製作所野球場。決して観客席が多いとは言えないが、平日にもかかわらず、ぎっしりと人で埋め尽くされていた。地元で開催される大会を盛り上げたい――。企業スポーツと地域、そして行政との関り。その三位一体となる風土が色濃く広がる光景に、社会人野球、ひいては企業スポーツの在り方を考えさせられるのだ。【佐々木亨】

 今年で47回目を迎えた日立市長杯大会。半世紀近い古い歴史を持つ社会人野球の大会は、秋に開催される日本選手権大会対象だ。つまりは社会人野球における二大大会の一つであるそのビッグトーナメントの出場権を得られる重要な大会である。日本選手権大会対象のJABA大会は、全国各地を舞台に計11大会が組まれているのだが、日立市長杯大会はもっとも観客が多く、社会人野球に対する熱量がたっぷりとある大会として知られている。事実、今年も多くの観客が日立製作所野球場に詰めかけていた。

 お膝元の大会に出場する1917年創部の日立製作所の存在は大きい。日本屈指の企業城下町として知られる茨城県日立市には、歴史ある野球部への愛情が溢れている。市民には「おらが街のチームと選手たち」という想いが強い。今年の大会で、勝利を手繰り寄せる逆転2ランアーチを放った日立製作所の竹内翔汰外野手も、熱い“市民の愛”を感じる一人だ。

「市民のみなさんが親身に応援してくれるので、その声援に応えたいとずっと思っています」

 立命大から入社したルーキーだ。オープン戦を含めて“社会人初本塁打”を放った竹内は、「この一発で名前を覚えてくれたら嬉しいですね」とニコッと笑う。兵庫県出身で、これまで日立市とは縁がなかった左打ちの強打者は、日常でも「応援してもらっている」ことを実感するのだという。

「野球部寮からグラウンドまで歩いている時も、車の中から声をかけてもらうんです。入社して間もないので『背番号は何番?』って。『23番の竹内です!』と言うと、『応援しておくわ』と言ってもらう。みなさんに支えられているなと実感しますね」

日立製作所の竹内翔汰(右)が本塁打を放つなど盛り上げを見せた日立市長杯大会【写真提供:日立製作所】
日立製作所の竹内翔汰(右)が本塁打を放つなど盛り上げを見せた日立市長杯大会【写真提供:日立製作所】

市民が持つ野球への熱を「繋ぐ」

 大会名に「市長杯」とあるだけに、球場には日立市長の小川春樹氏の姿もあった。各賞が設けられ、ホームランを放った選手と勝利投手には、地元特産品の常陸牛カレーセットが贈られる。球場入り口で観客を誘導するのは、日立市役所のスポーツ振興課の方々だ。ファウルボールを拾いにいくスタッフなど、球場周辺で大会のサポート役を務めるのは行政の方だったり、日立製作所のOBたち。まさに日立市全体でバックアップする風土が、日立市長杯大会にはある。日立製作所を率いる林治郎監督は言うのだ。

「地元の大会ですので、他の大会よりも我々の意気込みも違いますね。市民の方々も楽しみにしている大会だと思います」

 茨城県生まれで、現役時代は日立一高、日体大を経て日立製作所でプレーした林監督にとっても、長らく見てきた日立市長杯大会には特別な想いがあるようだ。

「おそらく、他のJABA大会と比べても一番、観客が入る大会だと思います」

 かつてまで日立市長杯大会のメイン球場だった日立市市民運動公園野球場は、1972年の開設から社会人野球の各大会の舞台でもあった。現在は、老朽化が進んだ野球場の改修工事が進めらている。グラウンドの拡張やバリアフリー化、さらに夜間照明の設置など、生まれ変わった球場が誕生するのはまだ先の話だが、いずれにせよ、市を挙げて野球熱を高める気運がある。林監督は、その熱をしっかりと受け止め、チーム強化を進めたいと言う。

「日立市民の野球への熱は一番だと思っています。その思いを、今年のチームスローガンのように『繋ぐ』。選手たちにはそう言っているんですよ」

 野球部(または各大会)、地域、行政が、それぞれの思いを繋ぎ合わせる。その図式から生まれる企業スポーツには多くの人を引きつけるエネルギーがあるだろうし、社会人野球にとっても一つのモデルケースになり得るのではないだろうか。

●佐々木亨/ささき・とおる
雑誌編集者を経て、2000年にフリーに。著書に「道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔」(扶桑社文庫)などがある。社会人野球をファンと一緒に盛り上げていくため「stand.fm」やnoteで情報を発信中。

【実際の写真】多くの観客がつめかけた日立製作所野球場

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