菅野智之が明かすエースたる理由…メジャー挑戦に「一つ決めていたこと」 35歳の矜持【マイ・メジャー・ノート】

“中3日半”のアスレチックス戦は「しんどかった」
8日(日本時間9日)の敵地・アスレチックス戦でオリオールズの菅野智之投手は苦しんだ。軸球にしてきたスイーパーの精度を欠き、ボール3カウントは5度。打者との主導権争いに本来の冴えはなく、4月半ば以来10登板ぶりに5回未消化で降板。4回1/3で87球を投げ、8安打4失点(自責3)1四球2奪三振の内容で4敗目(5勝)を喫した。しかし、この日の黒星には、35歳で夢舞台に挑戦した菅野の気組みを結ぶ因果の糸があった――。単独取材から熟練右腕を解きほどいていく。【全4回の1回目】(取材・構成=木崎英夫)
カリフォルニア州の州都サクラメント。ロサンゼルスから約600キロ北に位置するこの街にアスレチックスの本拠地サター・ヘルス・パークがある。今季から新球場完成予定の2028年まで、このマイナー球場でメジャーの公式戦が行われる。菅野は同地でのデーゲームに中4日で臨んだ。
ここまでデーゲームでの登板は4試合あるが、ナイター明けで、実質3日半で迎えるマウンドは初体験だった。体感気温約30度。菅野は腹蔵なく言った。「正直、しんどかったですね、きょうは」。調整の難しさがこの日の投球に色濃く出た。
初回、2死から先取点を奪われる。味方が追い付いた直後の2回裏、難局が待っていた。8番のペレダに左翼への適時二塁打で勝ち越され、一塁内野安打と遊撃失策で1点を追加された。さらに打撃絶好調の2番ウィルソンには左前適時打を打たれ3失点。序盤の2イニングで計59球を要した。それでも諦めない気持ちがその後を支えた。「試合はぶっ壊さずに済んだかなって感じですかね」。直球の割合を増やして3回から降板する5回途中までを2安打無失点で踏ん張った。

揺るがぬ自信「悪い時にいかにゲームを作れるか」の根源
5月15日のツインズ戦以来4登板ぶりに黒星を喫したが、立ち上がりから苦しんでも、2番手にボールを託すまで大崩れはせず持ち味を発揮した。高い技術力は言うに及ばず、菅野には逆境でも持ち堪えられるメンタルの強さがある。
その淵源(えんげん)をシアトルで知った。
3日(日本時間4日)、マリナーズ戦で7回を投げ5安打1失点5奪三振の内容でチームトップの5勝目を手にした。その翌日、前夜の重圧から解放された菅野は、終始穏やかな表情で筆者の問いに滋味溢れる答えを織り上げていった。
まず、聞いてみた。粘ばり強い投球を続けられるその所在はどこにあるのか。
「個人の成績というか数字的な設定はしていません。でも、自分の中でアメリカに来るにあたって一つ決めていたことがあるんです。環境面や配球などメジャー流に合わせるというか、それを求められるものには素直に合わせるということが大前提です。けれど、絶対に変わりたくないって思っていたことがあるんです。それは、調子が悪い時にいかにゲームを作れるかっていうこと。日本のプロ野球で12年間ずっとそれを念頭に置いてやってきたことですから。それができてるのであれば、僕は満足です。調子が悪い中でもしっかり自分のパフォーマンスを出せるっていうのが僕の一番の強みだと思っていますから。そういう観点で見たら、ここまでよくできていると思います」
日本時代に最多勝、最優秀防御率のタイトルをそれぞれ4度獲得し、沢村賞も2度受賞。一昨年(2023年)にはシーズン4勝と低迷したことから投手生命は終わりとも囁かれた。しかし、昨季は15勝3敗で完全復活。投手の総合指標で最も重視されるWHIPも0.94と両リーグトップの数字を叩き出した。まさに這い上がった状態で海を渡ったが、「悪い時にいかに試合を作れるか」は、獲得したタイトルや残した数字を心の拠りどころにするのではなく、その実績をどうやって積み上げてきたかという点に自信を持っている証であろう。
シアトルでは今季12試合目の登板を果たし5勝目を挙げ、6度のクオリティ・スタート(QS=6回以上自責3点以内)を記録。71イニングは日本人メジャー最多。得点圏の被打率は.190、また2死からの被打率を.125とし、首脳陣の評価をさらに上げた。

メジャーで期待される成績「自分の中で定めたくない」
新天地でもQSを重ねる自分をイメージできていたのだろうか。
「結構それ聞かれるんですけどね(笑)。でも、僕はそういうのを最初から設けたくなくて。だって初めての環境でやるわけですから。ここまでできたら順調とか、これができなかったら良くないとか……。成績的にはあんまり自分の中で定めたくなくて」
人を納得させるには数字が必要だが、飛び込むのが未知の世界だからこそ皮算用は結果の良し悪しで気持ちを揺らす危険をはらんでいる。菅野は「今は正直、精一杯な部分もあります」と、一旦、下を向くと、会心の投球で5勝目を挙げた前日をこう振り返った。
「きのうの展開も重たかったじゃないですか。あれが序盤に3、4点ぽんぽんって取ってくれたら(8回も)いけましたけど。(得点は)1―0、1―1、そして2―1、3―1になって取って取られてっていう。で、ここは一発があるバッターが多いので、2、3点じゃセーフティーリードじゃないですし。だから、まだいけるだろうっていう声もあったと思いますが、もう次の回は無理でした」
90球の球数からすれば8回裏の続投は大いに期待できたが、本人の弁にあるように、破壊力のある相手打線を考えると僅差の戦いであった。ミスの許されない中で、チームに勝機をもたらそうとすれば、闘志、集中力そして状況判断の持続は回を追うごとに厳しさを増していく。投手の内面は常に感情のうねりに包まれている。
三塁側のビジターダグアウトから天を仰いだ菅野の口元には微笑みの兆しが見えた――憧れだったイチロー氏との対面を果たし、ある思いを紡ぐまでの“間”であった。
<第2回に続く>
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)