「93マイルしかでませんから…」でも菅野智之が抑えられるワケ CY賞左腕が明確にした35歳の“現在地”【マイ・メジャー・ノート】

28歳剛腕の存在が教えた「自分の投球」
92.3マイル(約148.5キロ)――。オリオールズ・菅野智之投手の直球の平均速度である。前回14日(日本時間15日)までの14登板で今季投げた球数の合計は1222球。うち直球は16.4%の200球。メジャー右腕の平均(94.8マイル=約152.6キロ)より4.1キロも低いが、菅野はチーム先発陣で1位の被打率(.249)と防御率(3.38)を誇り、2位の5勝を挙げている。抜群の制球力で6球種を変幻自在に操る菅野が、剛には柔で立ち向かう投球スタイルについて思いの限りを語った。【全4回の3回目】(取材・構成=木崎英夫)
敵地でのエンゼルス戦で4勝目を挙げた5月9日(同10日)の試合後のこと。突飛な質問が出た。「直球が93マイル出ていて速かった。その感触は?」。一瞬、その場の空気が澱んだが、菅野は自虐の薄皮にその問いを包んで消化した。
「僕は、93マイルしか出ませんので……(苦笑)。いろいろ工夫しながら、ね。でも、きょうは収穫がたくさんあったので、次の試合以降にすごくつながるピッチングになったと思います」
悲劇の始まりかとも思えたその奇問を菅野が受け止めたのには、理由があった――。開幕からちょうど1か月の4月27日だった。敵地デトロイトでのタイガース戦で相手左腕タリク・スクーバルが連発する160キロの剛球が自分の現在地を明確にしたからだった。
「これはやっぱりもう次元が違うなって思ったっすよ(笑)。僕からしたら楽でいいなって。だって、真ん中にドーンと真っすぐを投げて、(打者が)合ってきたなってなればちょいとチェンジアップを投げて、グインってスライダー曲げて終わり。でも、僕にはそれができない。だから試合前に捕手と綿密に打ち合わせをして自分の感性も最大限に利用していって。一球一球が意図の連続です。あの日、自分の投球というものが改めてよく分かりました」

東海大では150キロ後半も…「ブン投げてたら年間もたない」
どんな投手も衰える。肩は疲弊する。フォームは崩れる。28歳のスクーバルも今とまったく同じ投球を35歳で展開できるとは思えない。オリオールズのテレビ解説を務めるかつての大投手ジム・パーマー氏(1990年殿堂入り)が、菅野の投球を「手を替え品を替えて投球をまかなう“攻めのピッチング”をしている」と称賛したことは当コラム(5月31日掲載)に書いているが、筋肉の衰えを頭脳でカバーする投手の道程とは菅野の出発点は違っている。
「僕も大学時代は球が速かったんですよ。150キロ後半を出してましたからね。その頃は登板したイニング以上の三振を絶対に取ってましたし、それこそスクーバルっぽいピッチングを大学時代はしてました。でも、プロに入って年間通して投げなきゃいけないってなったときに、こんだけブン投げてたら年間もたないなって気付いて。そこからだんだんモデルチェンジをしていったような気がします」
2010年夏。東海大学3年だった菅野は、第5回世界大学野球選手権大会のキューバ戦で、自己最速の157キロを記録。大学屈指の本格派としてプロから注目される存在となった。翌年のドラフトで日本ハムの強硬指名を蹴り1年の浪人を経て伯父の原辰徳監督が率いる巨人にドラフト1位で入団した。「どこのタイミングだったかは忘れました」。剛球の追求を捨て、若くして頭脳派投手へと変身していった。これも、常勝の宿命にあるチームで、常に安定した投球を求められるエースへの挑戦と無関係ではあるまい。

メジャー2年目のイチローが呈した挑戦への”金言”
力任せの投球ではなく、技巧的な投球を糧としてきた菅野は、投球術に磨きをかけ自分の形を作った。メジャーの夢舞台でも巨人時代の鏡像を見る。取材が始まる前に、菅野が感動の初対面を果たしたイチロー氏のメジャー2年目の言葉を思い起こした。
「自分の形をまだしっかりつかんでないまま、アメリカに行こうとする選手がいるとすると、大変なことになる」
メジャー1年目の春のキャンプ。イチローは中堅から左方向への打球を意識し続けていた。実戦に入り、時のルー・ピネラ監督が疑問符を付けた。「引っ張れるのか?」。その直後、右翼へ本塁打を放ち「これでどうですか」と涼しげな顔で返した逸話を残す。右肩を絶対に開かないという日本時代からの打撃の肝を環境が違う異国の地で崩さぬように、イチローは徹底して自分の形を本番前のキャンプで固めていた。
5回途中の降板で苦しんだ8日(同9日)のアスレチックス戦登板後、菅野はプロセスと結果が織りなす力強い声を響かせた。
「僕の中でピッチングフォームはもうあんまり気にしてないです。このバッターをこういうふうに追い込んで、最後はこのボールで仕留めたいっていうことをずっと頭の中で、いつも何通りも考えているんです」
数値には表れない直感と論理を結んだ投球でどこまで突き進めるか――。菅野は20日(同21日)のヤンキース戦で今季6勝目を目指す。
<第4回に続く>
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)