イチロー氏が全米を魅了した理由 殿堂入りで「拍手鳴りやまず」米国野球に与えた影響【マイ・メジャー・ノート】

取材に応じたダン・シュロスバーグ氏【写真:木崎英夫】
取材に応じたダン・シュロスバーグ氏【写真:木崎英夫】

著名ジャーナリストが単独取材に応じる

 2025年度の米野球殿堂入りを果たしたイチロー氏(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が27日(日本時間28日)、同博物館のある米ニューヨーク州クーパーズタウンで表彰式典に臨み英語でスピーチを行った。式典が始まる前に、共著を含め41冊の野球本を上梓している著名なジャーナリスト、ダン・シュロスバーグ氏がFull-Countの単独取材に応じた。

 経済誌「フォーブス」でも健筆をふるうジャーナリスト、ダン・シュロスバーグ氏は野外の広大な敷地に設けられた特設会場を目にすると、“新記録樹立”の可能性から切り出した。

「これまで式典の最高観客数は2007年の8万7000人です。今年はそれを超える可能性があるという記事を昨年に書いたのですが、殿堂博物館の広報担当者が『休みは1日だけですぐに来年の準備を始めなければならない』と、昨年の式典直後に漏らしたこと、イチローが有資格1年目での殿堂入りが確実視されていたこともあってその可能性に触れたというわけです。今回の観衆人数はまだ分かりませんが、主催者側の周到な準備と日本選手初の米野球殿堂入りが実現したわけですから、それはもう楽しみですよ」

 朝方からの雨の影響で式典の開始が1時間遅れるマイナス面はあったが、マリナーズの地元シアトルから来た総勢3000人のファンも後押しして万雷の拍手を送られたイチロー氏は、絶妙なジョークを挟んで熱い視線を注ぐ観客を引き付けた。

 新人王、MVP、シルバースラッガー賞、年間最多安打記録を含む7度のリーグ最多安打、10年連続200安打&ゴールドグラブ賞など輝かしい実績を積み上げ、メジャー19年で通算3089本の安打を放ち殿堂入りを確実にしたイチローの功績で、シュロスバーグ氏が「意義深い」と言ったのが“足”だった。

「イチローはメジャー1年目でリーグ最多の56盗塁を記録。安打数は242で127得点。ヒットで出塁し走って後続の安打で得点。本塁打なしで生還する野球の面白さをアメリカ人は忘れていました。それを思い起こさせたんです。内野安打が通算で600本以上もあるから驚きです。現代野球は、打球速度や角度とかそういう数値まで出てくる。投手は100マイル(約160キロ)の球をビュンビュン投げる。でも、打者は毎回剛球を打ち込めるわけではないですよね。私の野球観には“パワーは抑えられるが(走る)スピードは抑えられない”があります。アメリカ野球の意識改革にも貢献をしたのがイチローです」

米野球殿堂入りの表彰式典に出席したイチロー氏【写真:ロイター】
米野球殿堂入りの表彰式典に出席したイチロー氏【写真:ロイター】

受け継がれた機動力の重要性

 シュロスバーグ氏の話が広がりをみせる。

「ピート・ローズに抜かれるまでメジャーで1番ヒットを打ったのは4189安打のタイ・カッブですが、彼には足がありました。シーズン98盗塁(1915年)の記録を作ったのです。これを破ったのがモーリー・ウィルス。104個(1965年)で50年ぶりに記録を更新したのです。殿堂入りは果たせませんでしたが、半世紀越えを思うと革命的なことでした。古い選手なので日本のみなさんに分かりやすく言うと、現ドジャース監督のデーブ・ロバーツに盗塁の極意を伝授したのがモーリーですよ」

 シュロスバーグ氏は1948年5月6日生まれで77歳。「ウィリー・メイズと誕生日が同じなのが自慢です」と微笑む。ニューヨークで生まれニュージャージーで育った。シラキュース大でジャーナリズムと政治学を専攻。卒業後にホワイトハウスで記者をするという夢があったが、時のニクソン大統領の腐敗政治に落胆しAP通信で記者となった。子供の頃から新聞の記事を切り抜いて日々ノートに貼り付け独自の野球ページを作り続けたのが今の礎になっている。

 30年ほど前からずっと殿堂の式典を取材しているシュロスバーグ氏は、イチロー氏が選出された今回の式典が最も印象的な一つになると楽しみに待ち続けていた。発表された観衆は約3万人となったが、式典後、シュロスバーグ氏は、こう語った。

「イチローが英語で挑んだ表現世界にアメリカ人が引き込まれました。スピーチが終わっても鳴りやまない拍手がそれを証明してます」

 イチロー氏がマイクに向かった時には、上空を覆っていたどんよりとした雲は流れ行き強い日差しが照り付けた。約19分間のスピーチで観客を笑いの渦に巻き込む妙技も披露したイチロー氏。野球への真摯な思いも十分に伝えきり、今年の表彰者5人の最後を栄光の地で見事に締めくくった。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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