横浜・阿部主将が帽子に記した“言葉” 春夏連覇へ…意識を変えた監督の教え

横浜・阿部葉太【写真:中戸川知世】
横浜・阿部葉太【写真:中戸川知世】

主将の阿部が帽子のツバに書き入れた「愛」の一文字

 3年ぶりに夏の神奈川大会を制したセンバツ王者の横浜。「大本命」と見られていたが、準々決勝から決勝まで、すべて3点差以上の劣勢をひっくり返す逆転勝ちだった。苦しかった分、喜びも大きい。優勝の瞬間、主将の阿部葉太はセンターから涙を流しながら、歓喜の輪に加わった。

 夏の大会が始まる前、阿部は帽子のツバに想いを込めて言葉を書き入れた。

「愛」

 シンプルな一文字だ。じつは、「愛」と書くのは二度目のこと。センバツ前にも書いたが、大きくきれいに書く自信がなく、帽子のてっぺんにあるタグ部分に小さく控えめに書き入れた。

「横浜高校で監督さんに出会ってから、大事にしてきた言葉です。チームへの愛、仲間への愛、家族への愛。野球はほかの球技と違って、人が人を還すスポーツ。ボールではなく、人が得点になる。それだけ、人間が大事で、人を育てるには愛情が必要。そう監督さんに教わりました」

 2020年4月に就任した村田浩明監督。就任時には、恩師である渡辺元智監督から9つの言葉が書かれた色紙をもらった。そのひとつに、「愛情が人を動かす」がある。愛情なくして、人は育たない。

 阿部が仲間にそそぐ「愛」とは何か――。

「お人好しというか、優しくするだけが愛情ではないと思っています。これも監督さんの言葉ですけど、『愛情があるから怒れる』。すべてをOKにするのではなく、ダメなことがあればしっかり指摘する。特にキャプテンとして、そこを意識してきました」

 村田監督は阿部のキャプテンシーをこう評価する。

「監督が言おうと思っていることを、阿部が先に言ってくれる。『はい、監督が言いたいことはわかってますよ』という感じで。本当に最高のキャプテン。彼が横浜高校をさらに変えてくれたなと思います」

ツバには「愛」の文字が書き入れられている【写真:大利実】
ツバには「愛」の文字が書き入れられている【写真:大利実】

阿部の父親が感じた横浜での成長

 村田監督から、2年生の5月にキャプテンに抜擢された。その理由はとてもシンプルだ。

「勝ちたい気持ちがチームで一番強いのが阿部だった」

 小学校、中学校、そして高校と、すべてのカテゴリーでキャプテンを務めてきた。父・一彦さんは、息子の成長ぶりをしみじみと語る。

「どちらかというと、中学校までは一匹狼タイプで、あまり他人に干渉しない子でした。言葉よりも、プレーで引っ張る。でも、高校でキャプテンになって、それだけではダメだと気付いたのかもしれません。周りにも気を配りながら、声をかけるようになったと思います」

 帽子に書かれた「愛」は、SNSに掲載された写真で知ったという。

「親にとってみれば、いい仲間と指導者に恵まれて、こうして頑張ってくれているのが一番嬉しい。試合の結果で、ぼくらに対する愛を示してくれたら、なお嬉しいです」

 準々決勝の平塚学園戦。1点を追う9回裏2死二、三塁の場面で打席が回ってきた。フルカウントまで追い込まれるも、右中間に逆転サヨナラ二塁打を放った。

「最近チャンスに強かったので、打ってくれると期待していました。もう本当に良かった。横浜高校の親父たちと、涙を流して、ぬるぬるしながら抱き合いましたよ」

 阿部は愛知豊橋ボーイズの出身。地元の強豪からの誘いもあったが、横浜を選んだのは父の影響が大きい。一彦さんは東京・練馬区生まれの練馬区育ち。「都会に出たほうが面白い。絶対、人生面白いよ」と息子に助言し、広い世界に送り出した。

 優勝を決めたあと、阿部は言った。「本当に神奈川はレベルが高く、注目度も高い。そこで試合ができたのは、自分の人生において良い経験になったと思います」。

東海大相模戦後、阿部と握手する林田大翼マネジャー【写真:大利実】
東海大相模戦後、阿部と握手する林田大翼マネジャー【写真:大利実】

阿部を支え続けた林田マネージャー

 阿部には勝利後のルーティンがある。校歌のあと応援席に向かいながら、林田大翼マネージャーと握手をする。決勝で東海大相模を下したあとも、2人は満面の笑みで握手を交わした。間違いなく、この夏一番の笑顔だった。

 林田は選手として入学したが、昨夏の新チームが始まるタイミングで、村田監督からマネージャーへの転身を進められた。「目配り、気配りができる。林田にしかできない仕事」というのが、その理由だ。

 すぐには返事ができず、翌日には体調を崩して学校を休んだ。1週間ほど悩んだあと、「このチームで日本一になりたい。自分ができるのは、マネージャーとしてチームを支えること」と決断した。

 キャプテンとマネージャー。阿部は林田の話になると、いつも以上に「想い」を込めて語る。

「林田がマネージャーになってくれたから、勝つことができている。チームのためにマネージャーという仕事に回ってくれて、本当に感謝しています」

 6月下旬の練習試合で大阪桐蔭に敗れたあと、選手ミーティングの中で林田が涙を流したことがあった。チームがなかなかうまく回らないもどかしさを感じ、「おれをもう一度日本一のマネージャーにしてくれ」と伝えた。

「選手を諦めた林田のことを思えば、自分たち選手の悩みなんてたいしたことがない。林田のために、前を向いてやらないといけない。そう思えたミーティングでした」

 林田も、阿部への想いを存分に語る。

「『一緒に頑張ろうぜ』とか『阿部頼むぞ!』と声をかけると、『頑張るから、見ててくれ!』とよく返してくれます。平学戦も見ての通り、本当に阿部は頼りになります」

 帽子の話を振ると、「愛って書いているのはもちろん知ってます」と言ってこう続けた。「ぼくに直接的に言うことはあまりないんですけど、チームメートの前で『林田がこれだけやってくれているんだから、林田を日本一にしよう!』という話をしてくれていて、それを、阿部からの愛として感じています」。

村田監督に贈った特別な誕生日プレゼント

 夏の大会真っただ中の7月17日、村田浩明監督は39歳の誕生日を迎えた。この日のために、2か月前から準備してきたプレゼントがあった。

「林田と一緒になって、監督さんの思い出に残るプレゼントを考えていました。手元に残るものがいいかなって」と阿部は振り返る。

 林田のアイデアで、村田監督の満面の笑みをイラストにしたTシャツをデザインし、背中には3年生全員の名前を入れた。

 戦いの舞台を横浜スタジアムに移した準決勝。朝7時前に、球場の外で指導者、選手、保護者全員が手をつなぎ、ミーティングが行われた。このとき、村田監督が着ていたのが選手の愛がつまったTシャツだった。

「手をつないだときに、保護者からのパワーを感じて、涙がぶわっと出てきました。うちの保護者の一体感は本当にすごい。支えてくれるみなさんのために、絶対に勝ちたい。そう思えたときでした」

 決勝の前には、村田監督が部員全員に手紙を送った。朝5時から、パソコンで打ち込んだものだ。新チームから今日に至るまでの過程を振り返りながら、こう締めくくった。

「YOKOHAMAプライドを忘れるな。今日は最高の舞台で横浜野球を見せつけよう。きみたちが、臆することなく戦う姿勢、戦う夏男に期待します!」

 そして、文末には想いを込めて、すべての手紙に直筆のメッセージを書き加えた。

「力戦奮闘 ~力のある限り戦うこと~」

 決勝戦、村田監督はユニホームの尻ポケットに手紙を入れて、選手とともに戦い抜いた。応援席への挨拶を終えたあとには、すぐに阿部のもとに歩み寄り、互いに大粒の涙を流しながら抱き合った。

 苦しみ抜いた先に辿り着いた夏の甲子園。阿部と林田の勝利の握手が何度見られるか。新チーム発足時から掲げる「全員野球」で、1998年以来の春夏連覇に挑む。

(大利実 / Minoru Ohtoshi)

○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。

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