ダルビッシュ有が操る“表と裏” 奪三振に隠された3つの奥義…日米通算204勝を支えたもの【マイ・メジャー・ノート】

パドレスのダルビッシュ有【写真:ロイター】
パドレスのダルビッシュ有【写真:ロイター】

7月31日のメッツ戦で日米通算204勝目…黒田博樹を抜く

 パドレスのダルビッシュ有投手が7月30日(日本時間31日)のメッツ戦で今季初勝利を挙げ、日米通算204勝目で黒田博樹を抜き日本選手歴代最多を更新した。今季5度目の登板で最多の7回を投げ2安打無失点、7奪三振無四球の内容。二塁さえ踏ませない76球の力投で、昨年9月27日の203勝目で王手をかけて以来307日ぶりの白星。打ち立てた金字塔には研磨を重ねて極めた3つの“奥義”が宿る。【全3回の1回目】(取材・構成=木崎英夫)

 3年ぶりに喫した8失点から一転、ダルビッシュは質の高い投球で偉業に華を添えた。

 前回7月24日(同25日)の敵地カージナルス戦では、自身初となる3ラン2発を浴び今季最短の3回1/3でノックアウトされた。この日は本拠地サンディエゴでナ・リーグ東地区の首位に立つメッツ打線に挑み、初回の2死から5回2死まで13人連続アウトと波に乗った。最速は95マイル(約153キロ)にとどまったが、最後まで衰えない球威と安定した制球で7回を投げ切った。

 許した安打はわずかに2本。7奪三振無四球で無失点に抑え、日米通算勝利数204勝(NPB通算93勝、MLB通算111勝)とし、ドジャースとヤンキースで活躍した黒田博樹を抜き日本投手歴代単独1位に浮上。ダルビッシュは快投を続けたマウンドで、3つに集約される「奥義」を駆使した。その一つ目が「三振」である。

 昨年9月22日のホワイトソックス戦で記録した9個以来となる7三振を奪った。導いたのは、安定した制球力だった。が、いつでもストライクを投げられることを意味する制球力ではなく、ダルビッシュは打者がボール球を振りたくなうような所へピンポイントの“ストライク”を投げ込み7個中5個をこの奥義で奪った。

 2回、2死から7番の左打者マウリシオとの対決にその好例を見る。ボールカウント1-2からの勝負球は、膝下のボールゾーンに山なりに落ちる71マイル(約114キロ)のカーブ。始動したマウリシオは完全に泳ぎ、最後、左膝が地面に着きバットが空を切った。

 知将として名高い故野村克也は打者が抱く羞恥心の一つをこう説いている——「タイミングを大きく外され、ボール球に手を出して空振りすること」。ダルビッシュはまさにこの言葉通りに、打者心理を逆手に取った言わば“裏の制球力”で崩しにかかり仕留めた。

凄みを増す“裏の制球”

 ダルビッシュが“裏の制球力”を発揮し出すと厄介な存在になる。2022年9月24日の敵地ロッキーズ戦はこの点で深く筆者の記憶に刻まれている。

 ロッキーズの本拠地はデンバーにあるクアーズ・フィールド。標高1マイル(約1600メートル)のダウンタウンに鎮座する同球場で、ダルビッシュは6回を投げ5安打2失点8奪三振と躍動。ルーキーイヤーの2012年に並ぶ自己最多の16勝目をマークした。気圧の低い高地のため空気抵抗が低く打球が飛ぶ「打者天国」で初回に右翼へ一発を浴びたが、低めゾーンに入るスプリットを拾われたことがその後の危なげない投球へ道筋を付けた――。

 1点差に詰め寄られた6回、ダルビッシュは左打席に立つトグリアからハーフスイングで空振り三振を奪い相手に行きかけた流れを断った。決め球は内角82マイル(約132キロ)のカッター。ボールはワンバウンドした。意図的だった。理由は「(ボールが)抜けて、ポンって(バットを)合わされると逆方向でも入っちゃうので、とにかくワンバウンドを意識しました」だった。

 内寄りの球に手を出すトグリアの傾向をしっかりと把握しそれを誘うための意図的なワンバウンドは、高地での被弾を防ぐリスクヘッジを計算したもの。制球に苦しみ心崩れる夜も過ごした2018年のカブス時代の経験があったからこそ、ダルビッシュは打者との駆け引きで重要な「誘う」「崩す」を難なく駆使できるようになった。翌2019年8月21日のジャイアンツ戦でダルビッシュは「5先発登板連続で無四球&8奪三振以上」の記録を作ったが、その背景にあったのは、“表の制球力”をしっかりと身に付けることでボール球をストライクに変える裏技に磨きがかかったことだった。

2020年、カブス時代のダルビッシュ有【写真:アフロ】
2020年、カブス時代のダルビッシュ有【写真:アフロ】

口にした進化「全ての球でストライクが取れる」

 敬愛する偉大なパイオニア野茂英雄(201勝)と黒田博樹(203勝)を抜き歴代最多を更新したダルビッシュは、試合後の会見で米国デビュー年に描いた理想の投手になれているかを問われ、本音を響かせた。

「全然なってないですね。やっぱり僕が求めたのはずっと完璧なピッチャーですし、そう考えると、今見てても自分より速い球を投げるピッチャーはいっぱいいますし、自分よりコントロールがいいピッチャーはいっぱいいます。いろんな球種を投げられるっていうのは強みではありますけど、一個一個の球種を取ったときに僕よりすごいピッチャーはいっぱいいるので、まだ程遠いっていうところですね」

 コロナ禍で60試合制となった2020年は8勝3敗、防御率2.01の成績で駆け抜けた。日本投手初の最多勝を手にし、サイ・ヤング賞投票ではバウアー(現DeNA)に次ぐ2度目の2位に入った。最初に2位になった2013年の「直球、スライダー、カーブで三振を取っていた」スタイルから、2020年は「今はすべての球でストライクが取れる」と自信を深めた。

 あれから5年が経った。今季は右肘炎症などのため開幕前から負傷者リスト(IL)入り。7月7日のダイヤモンドバックス戦で戦列に復帰も4試合勝ち星がなかった。しかし、ダルビッシュ有は過去と同じように立て直した。

 今季46試合目の完売で埋まったペトコ・パークの4万2627人の観衆に、腐心を重ねて築き上げた自分の投球を見事に表現してみせた。その中には数字に表れない三振奪取への奥義が秘められていた。

<2回目に続く>
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY