記者席から見た「菅野vs大谷」 濃密な駆け引きの裏で…2被弾を呼んだ“見送り”【マイ・メジャー・ノート】

打球直撃でメジャー最短降板…次戦は14日ブルージェイズ戦
7日(日本時間8日)に実現したオリオールズ・菅野智之投手とドジャース・大谷翔平投手とのメジャー初対決は、大谷が2打席連続ホームランで菅野を圧倒した。3打席目にリベンジを期した菅野だったが、4回のマウンドで金慧成(キム・ヘソン)内野手の打球が右足を直撃。自力で立ち上がったが、スタッフに支えられて足を引きずりながらベンチに戻り無念の降板となった。レントゲン検査の結果、骨には異常がなく、菅野は次回登板に向け調整を続けている。
菅野はこの日、ベッツにもソロを浴び、メジャー自己ワーストタイの1試合3被弾を喫した。3回0/3での降板は自己最短。試合後のクラブハウスに、菅野の姿はなかった。
球団広報は規則の一つ「怪我をした選手のメディア対応は行わず」に則り、菅野のメディア不対応を通達。大谷攻略法について聞くことはできなかった。しかし、記者席からは“速球”を巡る両者の駆け引きが見え隠れしていた。
2打席連続で中堅バックスクリーン近くに特大弾を撃ち込まれた菅野は、大谷対策をどのように講じていたのか――。取材対応がなかったからこそ、検証意欲が出る。その前に、話の順序は全く逆になるが、遠征先のサンディエゴで10数年ぶりに再会したダルビッシュ有投手との貴重な時間をふり返っておこう。
4日(同5日)、菅野は憧れだったダルビッシュと再会し、濃密な15分間を堪能している。日本時代に積んだ経験の中で培った直感力、駆け引き、読みを配球に生かしたい菅野にとって、細分化されたデータを重視するメジャー流は次の1球への根拠にし難い時がある。「こっちに来て僕が戸惑った部分は配球です」。菅野はダルビッシュのアドバイスを心待ちにしていた。話の内容は明かさなかったが、「次戦へやりたいことは見えています」。陽光が降り注ぐ南カリフォルニアの地で菅野はドジャース戦登板への意欲を高めた。

伏線だった外角スプリットの見送り方…投球練習中には菅野の速球に“照準”
気温約21度。ボルチモアに初秋の気配が忍び寄る平日のデーゲームで、菅野は初回からエンジン全開で挑んだ。
まっさらな左打席に大谷を迎えた。初球は外角のストレート。これまで初回の第1投では、伯父の原辰徳氏(前巨人監督)が観戦した7月10日(同11日)のメッツ戦で計測した95.5マイル(約154キロ)が最速だったが、それに次ぐ94.9マイル(約153キロ)が外角ゾーンに外れ1ボール。
そして、2球目。菅野は外角高めゾーンの“ギリギリ”を突いたが、豪快なスイングで中堅右のスタンドに運ばれた。94.4マイル(約152キロ)のシンカーだった。二塁ベースを回る直前で中堅スタンドに向けて手を振る大谷と、首をかしげる菅野の対照的な姿がモニターに映った。
速球2球で玉砕――おそらく、菅野にはスタンドに運ばれた球を空振りまたはファウルにさせる考えがあったのではないだろうか。この推測は菅野が発した言葉を依拠とする。
6月3日(同4日)の敵地・マリナーズ戦。7回を投げ5安打1失点の力投で5勝目を挙げた登板後だった。菅野はストライクの“稼ぎ方”についてこう話している。
「自分の中でしっかりコースを優先で投げる時と、振ってくるだろうという想定でファウルを打たせにいく速球とを投げ分けている。なんでそれが分かかるって言われたら僕の感覚なので。フィーリングの中でやっています」
2球目のシンカーで空振りかファウルが取れていたなら、3つのバリエーションを持つ宝刀スプリットのうち、左打者の外角低めにシュート気味に落ちるそれで、凡打の確立を上げる組み立ても菅野は描いていたのではないだろうか。
一方で、大谷がいずれの打席も速球系に絞っていたという推測が、2打席目の“動き”からも展開できる。その打席、菅野は攻め方を変えている。初球からスプリットを続け(いずれもボール)、3球目は内角のストレート。その球を狙いすましたように振り抜き2発目を見舞った大谷は、初球の入りから2球続いた外角のスプリットに対して“形を崩すことなく”見送っている。
知将と謳われた故・野村克也氏はこういう変化球の見送り方について至言を遺している。
「打者は“来た球を打つ”という単純な備えではないと考えるべきだ。コースや球種を絞り、ヤマを張っている、打ち返す方向を決めている」
また、ボールが続き不利なカウントになっていたことも「速球狙い」に着地できる理由の一つになる。さらには、プレーボール開始直前のネクストバッターズサークルでスイングをする大谷が、投球練習をする菅野のストレートにタイミングを合わせ、力強く振っていたことも見逃せないことであった。
そう言えば、ダルビッシュが秀逸な観察眼で大谷を仕留めている――。

ダルビッシュが語るvs大谷の攻め方「一辺倒でいくことは無理」
8月22日(同23日)の本拠地・ドジャース戦。ダルビッシュは初回の投球練習でボールをリリースするたびに、三塁側のネクストバッターズサークルでスイングをする大谷に視線を向けていた。
「やっぱり大谷くんは目がいいですし、1回見た球は覚えているので。初回のウオーミングアップもちゃんと僕が何を投げてるか見て、カーブを投げたらちゃんとカーブにタイミング合わせるだったりとか、そういうことをしてるのも見ていたので。一辺倒でいくことは無理です」
ダルビッシュは5球種、計6球を費やして、打席の中で大谷に考えさせた。結果は一ゴロ。初回の立ち上がりに最強打者を仕留めた右腕はリズムに乗っていった。

分厚い投球知を携えた菅野とメジャーきっての強打者・大谷の対決を、記者席から見つめた筆者の考察が単線的な因果関係の解きほぐしで終わらないよう努めたが、真相を突きとめることは到底できない。ただ、こうして考えることを積み重ねていかなければ、菅野が配球で大切にする“点と線”の理論をしっかりと認識することはできなくなっていく。
読んで字のごとく、配球とは「球を配る」という意味である。投げ終わった1球を次の1球につなげていく菅野から、大谷に投じた5球の道筋を聞いてみたい。
右足の怪我もほぼ癒えた菅野の次回登板が、13日(同14日)の敵地・ブルージェイズ戦に決まった。通算221勝を誇る右腕マックス・シャーザーとの投げ合いで今季11勝目を目指す。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
早稲田大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)