安定した収入よりも貫いた自分の夢 4球団でWSへ導いた敏腕…フィリーズ社長の原点【マイ・メジャー・ノート】

デーブ・ドンブロウスキー氏【写真:木崎英夫】
デーブ・ドンブロウスキー氏【写真:木崎英夫】

球団フロントとして5度のリーグ優勝&2度の世界一

 昨年の12月、当コラムでブレーブスの熟練コーチだったボビー・デュース氏を紹介したが、53年の野球人生に幕を引き作家として第二の人生を送った彼の提言を引いている。(https://full-count.jp/2024/12/24/post1675939/)

「朝起きて、きょうもまたこれがやりたいと思えることを仕事にすべき。それはこの上ない幸せなことだから」

 少年時代に描いた夢を現実にしたメジャーリーガー達に無数の物語があるように、野球界での仕事に従事する者にも幾つもの軌跡がある――。

 夢への一本道を揺らぐことなく踏みしめてきた、ある意味、出来過ぎた物語を紡ぐ人がいる。その名をデーブ・ドンブロウスキーという。

 ドンブロウスキー氏は2020年12月にフィリーズの球団編成本部長に就任。それ以前にはモントリオール・エクスポズ、マーリンズ、レッドソックス、タイガースでフロントを務めた実績があり、これまでに計5回のリーグ優勝、ワールドシリーズも2回(1997年マーリンズ&2018年レッドソックス)制している。

 彼と初めて接したのはフロリダ・マーリンズ(現マイアミ・マーリンズ)のGMだった1997年の春。同年に招聘した名将ジム・リーランドを擁したマ軍はワールドシリーズでインディアンス(現ガーディアンズ)を破り世界一に輝いている。

 メジャーの頂点取りを成就させたドンブロウスキー氏に話を聞くたびに出てくるのが、中学時代の“夢”である。

「8年生(中学2年)のときに、将来自分が就きたい職業は何かというテーマで生徒同士が聞き合うことがあったんですけど、私が『メジャーリーグ球団のGMになりたい』と言うと『もっと現実的なものじゃないとなぁ』と一蹴されてね。本心を言っても、誰も受け取ってはくれませんでした」

 高校に進学後、親戚や友人たちに同じようなことを聞かれてもドンブロウスキー氏の答えは変わることはなかった。

真摯なメディア対応が信条のデーブ・ドンブロウスキー氏【写真:木崎英夫】
真摯なメディア対応が信条のデーブ・ドンブロウスキー氏【写真:木崎英夫】

始まりはホワイトソックスのマイナーのスカウト部門

 シカゴ郊外で生まれ育ったドンブロウスキー氏は、大のホワイトソックスファン。新聞記事を切り抜いてチームの動向を追う少年時代を過ごしている。野球経験は高校までだったが、テレビ・ラジオ中継から「野球の“ニュアンス”を学び取り自分なりの感性を育てました」と述懐する。

 少年時代からの夢はどんどんと膨らんでいった。ウェスタンミシガン大学の卒業論文は「メジャーのGM職について」をテーマにした。そして書き上げたのが、“The Man in the Middle: The Role of the General Manager in Baseball”だった。優秀な卒論として表彰され今も同大学に保管されている。

 夢への入り口となる決定的な機会がすぐに訪れた。

「卒業した1977年のことになりますが、その年の冬にハワイで開催されたウインターミーティングの会場に行きました。そこで自分を売り込んだんです。そしたら、なんとホワイトソックス関係者の目に留まりマイナーのスカウト部門での仕事に誘われたんです。なんとか食べていけるほどの年俸でしたけど、不満などまったくなくて。嬉しかったですね、本当に」

 マイナーで7年の下積みを経験したドンブロウスキー氏は1984年にホワイトソックスのGM補佐に就任。その3年後に移ったモントリオール・エクスポズで念願だったGMの座に就いた。   

 大学卒業から半世紀近くもメジャー球団のフロントで走り続けるドンブロウスキー氏。夢を温め続けた背景には、父親の存在もあったと言う。

「父は、大手自動車販売会社のパーツ管理会社で40年間勤め上げましたが、心からその仕事を楽しめたことは一度もないと言うんです。3人の子供を養うための仕事でしたから。なので、大学を出た私が薄給で研鑽を積むことにも理解を示してくれました。でも母は大反対しましたけどね(笑)」

 会計学を専攻した息子だっただけに、母親は「その3倍4倍を出す会社はいくらでもある」とホワイトソックスの提示額には納得しなかったそうだ。聞けば、今の換算レートで150万円に満たない年俸だった。

ドジャースを破り地区優勝を果たしたフィリーズ【写真:荒川祐史】
ドジャースを破り地区優勝を果たしたフィリーズ【写真:荒川祐史】

現在はフィリーズの球団の野球部門社長

 プレーオフ進出争いが大詰めを迎えている中で15日(日本時間16日)、延長の末にフィリーズはドジャースを破り今季メジャー最速で地区優勝を決めている。

 主力に怪我が相次ぎ、今季10勝を挙げていたザック・ウィーラーが8月に右腕上部の血栓で離脱。野手では遊撃手トレイ・ターナーが右太腿裏の張り、三塁手アレク・ボームが左肩痛で負傷者リスト(IL)入りした。それでも勢いを失わず、2022年のシーズン途中から指揮を執るロブ・トムソン監督以下チーム一丸となり4年連続でプレーオフの切符を手にしている。

 勝利へのピースが欠けてもやり繰りできる戦力整備は、球団の野球部門社長に座るドンブロウスキー氏に依るところが大きい。

 13歳で夢を描いた少年は大学でその想いをはち切れんばかりに膨らませ、4つの異なる球団でワールドシリーズ進出を果たした歴代唯一の球団編成本部長となり、米国野球殿堂入りが期待される存在にまでなった。

 ただ好きなことをやっているだけでは生計を立てるのは難しい。多くの選択肢から好きな職業を選べるような恵まれた状況にない人もたくさんいる。また、「これだ」と思うものを見つけるまでに長い時間を要する人も多い。人の人生で進むべき道は常に良好な視界の中にあるわけではない。ただ、その道を見つけるためには万人に共通のなくてはならないものが2つある――。

 それは、「情熱」と「やり抜く力」。母の親心に背いた若き日のデーブ・ドンブロウスキーの姿はそれを教えてくれる。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
早稲田大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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