立花学園の志賀監督が目指す“逆算型”のチームづくり 神奈川の頂点へ「昨日の自分を5%超える」

マウンドに集まる立花学園ナイン【写真:大利実】
マウンドに集まる立花学園ナイン【写真:大利実】

志賀監督が目指す成長「感情と論理を切り離せるか」

 9月6日に開幕した秋季高校野球神奈川大会はベスト4が出揃い、10月4日の準決勝で関東大会に出場する2校が決まる。夏の全国制覇の経験を持つ横浜、東海大相模、法政二とともに名を連ねたのが、秋は初の4強入りを果たした創部53年目の立花学園だ。「神奈川の頂点」から逆算したチーム作りを進め、一歩ずつ着実に階段を上っている。

 準々決勝の桐光学園戦は激闘となった。序盤から主導権を握り、8-2で8回を迎えるが、先発の根本奨大が集中打を浴びて、一挙8失点。苦しい流れの中、9回に1点差に迫ると、最後は2死二、三塁から途中出場の八代晄太がサヨナラヒットを放ち、劇的な逆転勝利を収めた。

 印象的なシーンがある。8点を失った8回。守備を終えたあと、選手同士で「ここから、ここから!」「まだいける、大丈夫!」とチームを鼓舞するような声を盛んに掛け合っていた。心は折れていない。そう感じ取れるシーンだったが、志賀正啓監督は別の見方をしていた。

「やたらに自分たちを励ますような声を出していたけど、『そういうのはやめようよ』って。この代は良くも悪くも熱い男が多い。感情と論理をどれだけ切り離せるか。感情を入れないで、野球に向き合う。感情に走ると、くるくる回ってしまうので。8点取られた段階で、もう9回に入るような雰囲気だったので、『あと6アウトで3点取ろうよ』と話しました」

 戦う上で強い気持ちは大事だが、それが自らのパフォーマンスを邪魔するときもある。重要なのは、冷静にやるべきことに徹すること。ドローンのような視点で、どれだけ状況を俯瞰的に捉えられるか。志賀監督は行動経済学も学び、行動経済学検定2級を取得している。「感情やバイアスが入ると思考能力が落ちる」と冷静に語る。

 8回から桐光学園のマウンドには3番手の小山田尊琥が上がっていた。ストレートとスライダーが武器の右腕。立花学園の対策はストライクゾーンを上げて、低めのスライダーを見極めることだった。

 8回、先頭の小峰爽太郎が低めのスライダーを三振したとき、志賀監督は「これをやっていたら絶対に巻き返せないよ」とベンチの選手に伝えた。次打者の山内一希は遊ゴロに終わったが、打つべき高さを振った結果だった。この一打で、指揮官は「逆転の可能性」を感じたという。

喜ぶ立花学園ナイン【写真:大利実】
喜ぶ立花学園ナイン【写真:大利実】

2度の夏ベスト4から得た気づき

 夏は2022年、2025年と2度のベスト4があるが、秋の4強入りは初となる。

 準々決勝のあと、「創部初ですね」と話を振ると、志賀監督は「そうみたいですね」とまるで他人事のように呟いた。

「あまり意識していないので、何とも言えないですね」

 ひとつずつ扉を開けているようにも感じるが、志賀監督は「結局、『壁』とか『ベスト4』とか言っている時点で、自分たちで壁を作っている。『神奈川で優勝するために逆算して行動しよう』とずっと言い続けています。優勝できなければ、どこで負けても一緒。その気持ちでいます」と心境を明かした。

 1986年生まれで、今年11月で39歳になる。明治大卒業後、日体大荏原の助監督・部長を務めたのち、2017年から立花学園の監督に就いた。

 足柄上郡松田町の学校から車で20分ほどのところに専用球場がある。室内練習場と寮を備え、施設の良さは県内トップクラスだ。球場の周りは自然豊かな場所で、選手たちの声が気持ちよく響く。新任のコーチが運転する車が猪とぶつかり、廃車になってしまったこともある。

 高校野球界の中でSNSやラプソードなど最新の機器をイチ早く取り入れてきた。信念は『巧遅は遅速に如かず』。考えている時間があるのなら、まずはやってみる。その中で改善をはかることで、成長のスピードを上げていく。

戦況を見守る立花学園ナイン【写真:大利実】
戦況を見守る立花学園ナイン【写真:大利実】

量と質にこだわったトレーニング「昨日の自分を5%超える」

 2022年夏には初のベスト4入りを果たすが、横浜に1-11の6回コールド負けを喫した。この夏、3年ぶりに準決勝の舞台に戻り、再び横浜に3-4で敗れた。3点を先制し、「あわや」を予感させる戦いだった。

「フィジカルに関しては、同じ土俵で戦えると感じた試合でした。足りなかったのは、私自身の冒険心。スクイズやホームスチールなどを仕掛けたいところで、勝負ができませんでした」

 この春からフィジカルトレーニングの量と質にこだわり、「2日に1回」をチームの約束事とした。大会中でもトレーニングを欠かさない。

「最近よく言っているのが、『5%を超えているか?』です。昨日の自分を5%超える。大事なのは『ウエイトをやりました』ではなく、どのレベルで、どの濃さでやれるかです」

 下記のように目標の数値を設定し、到達度を可視化できるようにしている。

・骨格筋率50パーセント以上(骨格筋量÷体重×100)
・デッドリフト(体重×2×10回)
・フロントスクワット(体重×2×10回)

 念頭にあるのは、神奈川で勝つためのトレーニングだ。昨秋は東海大相模、今春は横浜、今夏も横浜と、神奈川が誇る「2強」に屈した。必然的に、ターゲットはここになる。

 山内主将は、「先輩たちと同じことをやっていたら同じ結果になるだけ。新チームから、練習もトレーニングも2倍の濃さに増やしています」と堂々と語る。

喜ぶ立花学園ナイン【写真:大利実】
喜ぶ立花学園ナイン【写真:大利実】

富士山登頂に例えた“神奈川制覇”

 志賀監督は明治大4年時、「人生で一度も日本一を経験していないのがイヤ」という理由で、富士山に初めて挑んだ。

「8合目から高山病みたいな症状が出てきて、何とか9合目まで進んだと思ったら、頂上が見えているのに目の前は絶壁。進んでいるようで進んでいない。一歩が本当に険しくて、きつかった思い出があります。この夏の戦いもあって、周りからは『(優勝に)迫っていますね』と言われることが増えたんですけど、正直、神奈川の頂点までの距離がまだわかっていません。富士山の9合目のように“あとちょっと”が見えるようで遠いのか。今が何合目なのかわかりませんが、9合目を登り始めていると良いんですが」

 初の関東大会出場がかかる相手は古豪・法政二。立花学園は吹奏楽部、チアリーディング部が参戦予定で、三塁側スタンドをスクールカラーのオレンジ色に染める。

 この夏、横浜に敗れたが、志賀監督にはとても嬉しいことがあった。

「2022年夏、横浜との準決勝は“よそもの扱い”という感じで、圧倒的なアウェーでした。今年は4対6ぐらいに感じて、応援が本当に心強かった。応援席だけでなく、一般のファンも立花の応援をしてくれている。この秋の桐光学園戦も、うちの応援が多かったように思います。徐々に認知度が上がってきたのかなと感じています」

 神奈川では珍しく、応援曲に『新世界より』や『Sing,Sing,Sing』を使い、立花学園ならではのオリジナル性を追求してきた。

 志賀監督の帽子のツバには、『ワクワクしてる?? チャレンジモンスター‼』という言葉が書かれている。こんな言葉を記す監督もなかなかいないだろう。

 チームスローガンは『革命』。志賀監督の持論は「革命前夜が一番面白い」。歴史を切り拓くまでの過程こそが、もっともワクワクできるとき。神奈川の頂点、そして初の甲子園へ、貪欲にチャレンジする。

(大利実 / Minoru Ohtoshi)

○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。

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