弱体化したマリナーズの“転換点” イチロー加入も混沌…GMの理念と名将の言葉【マイ・メジャー・ノート】

混迷を極めていたマリナーズの“分岐点”
短期決戦の秋がシアトルに訪れている。
24年ぶりの地区優勝を果たし4日(日本時間5日)に初陣を迎えるマリナーズだが、前人未到の10年連続200安打を放ったイチロー氏(球団会長付特別補佐兼インストラクター)がまばゆいばかりの輝きを放っていた頃のチームは、混迷を極めていた。
オリックスからマリナーズへ移籍した2001年にメジャー最多の116勝(勝率.716)を挙げたが、ワールドシリーズ進出へ1歩手前のリーグ優勝決定シリーズで敗退。以後、チームは弱体化していく。
トレードでヤンキースに移籍した2012年途中までのイチローの11年半は混乱期にあった。相次ぐ監督の辞任と解任劇に見舞われ、代行を含めて7人が入れ替わった。地区最下位に沈んだのは7度(3年連続が2度)。屈辱的なシーズン100敗を2度も記録した。どれだけ不安定なチーム状況であったかが理解できよう。
分岐点は2016年だった。
15年のシーズン終了間際に、マリナーズはジェリー・ディポトGM(現野球運営部門社長)の就任を発表。同GMは即刻動いた。メジャー40人枠の再考と同時に、スカウト、育成部門のテコ入れを開始。約1年半の間に記録的な39のトレードを成立させ、99人の選手を動かしたディポトGMが改革への手綱を緩めることはなかった。
イチローがFAでマーリンズからマリナーズに戻った2018年のオフには、打線の核となったロビンソン・カノ、ジーン・セグラ、さらにはメジャー最多の53セーブを挙げたエドウィン・ディアスをトレードで放出。また、在籍4年間で毎年35本以上の本塁打を記録した強打のネルソン・クルーズのFA流出を阻止する構えも見せなかった。
積極的な動きは、混迷を招いたジャック・ズレンシック前GMの轍を踏まないとするディポトGMの決意の表れだった。約7年に及んだズレンシック政権では画策したトレードなどが案にたがわずことごとく失敗。若手の育成にも成果を上げられない状況が続いた。ディポトGMはそんな負の連鎖を完膚なく打ち砕いた。

ディポトGMが掲げたチーム理念「C the Z」
大枚をはたき複数年の大型契約で名のある選手を獲得するチーム作りから一気に舵を切ったディポトGMは、チーム理念「優位に立てるカウントを常に意識する」を掲げた。新味はないが、2019年春のキャンプで彼に聞くと、その理念を裏付ける意思決定への道筋が投影されていることが分かった。
「ストライクゾーンの見極めに自制を利かせることはとても大事なんです。打者はいい球を逃さずに打つ。これがしっかりできれば必然的に打者優位のカウントに持っていける。逆に投手はゾーンを攻めることで球数を少なくすることができ、先発投手は長い回を投げられ勝利に近づく。ただ、ストライクゾーンと言っても、打者にとって打ちやすい所ではだめで、苦手とする所を突かなければ無意味なのは当然です」
ディポトGMはこの理念を「C the Z(Control the Zone)」と呼び、噛み砕いた。
「いい傾向と悪い傾向の2つを出し、その差にプラスの数字が出ていれば投打ともにストライクゾーンを上手く使えているということになります。で、(1)いい傾向(投手の総奪三振数+打者の総四球数)と(2)悪い傾向(投手の総与四球数+打者の総三振数)を算出し、(1)-(2)から出た数字がプラスとなれば、チームの勝利機会が増えることになります」
この算式を元にしてディポトGMは就任初年度の2016年のマリナーズを分析した。同年の(1)は1318+506=1824、(2)は1288+460=1748でその差は「+76」と出た。2015年の「-66」から一気に142跳ね上がった。2025年は「+70」と出て、ディポトGMが10年前に掲げたチーム最大の戦略理念は色あせていない。

選手の心情に寄り添ったサービス監督
低迷マリナーズに風穴を開けたディポトGMが就任直後に招聘したのがスコット・サービス監督だった。2022年、マリナーズは米国のスポーツ史上ワーストだった「20年連続プレーオフ進出なし」の汚名返上をシーズン最終戦のサヨナラ勝ちで果たしている。退団する昨年8月途中までの9年間で通算680勝642敗、勝率.514を記録し、勝てるチームの礎を築いたサービス監督は現役時代に捕手だったこともあり、今季60本のホームランを放ち全国区に躍り出たカル・ラリー捕手の素質を高く評価していた。
対話を重んじ、思慮深い言葉で選手の心情に寄り添ったサービス監督はウィスコンシン州の出身で、同州のNFL名門チーム、グリーンベイ・パッカーズを9年間指揮し、チャンピオンに4度輝いている伝説的な名ヘッドコーチ、ヴィンス・ロンバルディを「マイヒーロー」に挙げる。スーパーボウル第1回、第2回大会を連覇したロンバルディは多くの名言を吐いたことでも知られている。いくつか挙げると……。
「打ちのめされたかどうかではなく、立ち上がったかどうかが大切だ」
「自信は伝染する。そして自信のなさも伝染する」
「勝利をつかむ者は最後までやめなかった者だ」
「練習(work)の前に成功(success)が来るのは辞書だけだ。厳しい練習は、成功のために支払わなければならない代償だ。進んで代償を支払うなら、何でもやり遂げられるだろう」
「成功の対価は困難な仕事である」
今季90勝72敗、勝率.556の成績で走り抜けたマリナーズの長いトンネルをつらつらと思うと、ロンバルディが発した滋味深い言葉が、球団創設初の世界一に挑むマリナーズの選手たちと重なってくる――。
2日(同3日)、マリナーズの地区シリーズの相手がタイガースに決まった。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
早稲田大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)