単独指名に成功した「隠し玉」 注目は菊池雄星も…オリより先に“強奪”、敏腕フロントの功績

元ロッテ球団副代表の石川晃氏、荻野貴司1位指名の背景を説明
スカウトとして辣腕を振るい、万年Bクラスだったダイエーを常勝軍団へと立て直した石川晃氏は、2005年にソフトバンクを退団。日本ハムのスカウトを経て2008年オフにロッテに招聘され、球団副代表兼本部長を務めた。翌2009年は移籍後初となるドラフト。花巻東の菊池雄星投手が6球団競合と人気を集めた中、トヨタ自動車の荻野貴司外野手を一本釣りした。
同年のチームは5位と低迷。2桁勝利を挙げたのは左腕の成瀬善久だけで、1位は即戦力投手を指名すると見られていた。実際に石川氏も投手指名をほのめかしていたが、それも戦略の1つ。同年オフにヘッドコーチから監督に昇格した西村徳文が、機動力野球をテーマの一つに掲げたことに加え、翌年オフにリードオフマンの西岡剛がメジャー挑戦(実際にポスティングシステムを利用してツインズ移籍)する可能性があり、俊足の野手に狙いを定めたのである。
「チームには当時、走れる選手が少なかった。足があって打てる選手が欲しい状況。それで他の選手を指名するというような話をして、荻野を“隠し玉”のような形で指名しました」
石川氏は明豊の今宮健太内野手も高く評価。「肩が強くて、足も速い。投手でも150キロ以上投げるし、今宮か荻野で迷っていました」。そんな時「オリックスが荻野を2位で行く予定だという情報をつかみました」という。ウエーバー順で2位指名はオリックスが先。荻野を獲得するなら1位しかない。「今宮だと競合になるのは分かっていました」。ソフトバンク1位だった高校生の今宮の競合は避け、即戦力の荻野1位を決断した。
「足が速い選手は他にもいるけど、あれだけスタートが速い選手はなかなかいない。1歩目が速いし、3歩目までの加速が異常に速い。本当に素晴らしいスピードでした」。そう評価する韋駄天ぶりを、いきなり春季キャンプで披露。シート打撃で遊撃正面へのゴロを放つと、何と内野安打にしたのである。少し前進して軽快にさばいた西岡も思わず唖然とした、右打者ではめったにお目にかかれないシーンだった。

外野守備での失策「査定ではエラーにしていない」
トヨタ自動車時代も俊足巧打の外野手として活躍していた荻野は、2021年には最多安打のタイトルを獲得。「あそこまで打つとは思わなかったけど、内野安打は多くなると思っていました。社会人に比べてプロは守備位置が深いですからね。ヒット数はプロでは凄く増えると見ていました」。度重なる怪我もあって実現しなかったものの、スイッチヒッター挑戦プランも浮上したほどだった。
その快足ぶりは2019年と2021年にゴールデングラブ賞を獲得した守りにも見て取れたという。西岡がメジャー移籍した2011年に挑戦した遊撃手は右膝の怪我が重なり1年で終わったももの、外野守備は格が違った。
「遊撃も守備範囲は広かったんですよ。外野では他の選手なら抜けている打球を普通に捕る。荻野がギリギリ追いついてエラーしたとしても、それはエラーじゃないんです。他の選手ならそこまでいかないですから。グラブに当てて落としたプレーも、査定ではエラーにはしていなかったです」。記録と査定が異なるという、フロント時代の裏話も明かした。
荻野はプロ16年目の今季、初めて1軍出場なしに終わり、コーチ就任と引退の打診を固辞してロッテを退団。現役続行を希望しており「真面目だし、よく練習するし、凄く頭もいいし、本当にいい選手。怪我が多いというのはあるけど、まだ打てる」とエールを送る。
「右打者であれだけの足を持った選手は、今のところ現れていないと思います」。ダイエー時代に小久保裕紀や井口資仁、松中信彦ら数多くの一線級選手を獲得した敏腕スカウトの目に留まった異色の逸材。荻野もまた、石川氏がプロに導いた一流の選手として歴史に名を刻んでいる。
(尾辻剛 / Go Otsuji)