WS第7戦9回1死…ロバーツ監督が信じた“直感” ドジャースに流れを呼んだ信念【マイ・メジャー・ノート】

WS第7戦、9回に同点本塁打を放ったドジャースのミゲル・ロハス【写真:ロイター】
WS第7戦、9回に同点本塁打を放ったドジャースのミゲル・ロハス【写真:ロイター】

ドジャースが2年連続でWS制覇、9回に飛び出した劇的同点弾

 データか直観か――。

 現代野球を語るとき、二項対立的にしばしば話題に上る。技術革新によってビッグデータによる解析や分析が加速する時代にあって、客観的な数値を基にしたデータ偏重と人間の目で予測誤差を最小にする感覚重視の戦術は、先のワールドシリーズ(WS)においても是非に及んだ。

 短期決戦の要所で直感に従ったのが、ドジャースを2年連続世界一に導いたデーブ・ロバーツ監督だった。雌雄を決する第7戦で延長11回にブルージェイズの息の根を止めた指揮官は、拮抗した展開の激闘から数日後、ゲスト出演したポッドキャスト番組で記憶に新しいミゲル・ロハスが放った値千金の同点ソロについて言及している。

「あそこは彼を信じました。数字じゃなく、選手を信頼するのがポストシーズンなんです。私の仕事は選手を知ることで、統計値を知ることではありません。10月に(世界一制覇まで)11試合、13試合を勝つには、選手を信頼しそして理解をする。我々はこのことを強く信じてそれを遂行しました」

 神がかっていた場面を振り返る。

 1点を追う9回、先頭打者が倒れ1死走者なしでロハスに打席が回った。定石なら代打を送る場面。だが、ロバーツ監督は動かなかった。今季レギュラーシーズンで右投手からの本塁打が1本だけのロハスをブルージェイズの抑え右腕ジェフ・ホフマンにぶつけた。指揮官はベテラン選手の経験値に懸けた。結果は、起死回生の同点ソロ。そして勝負の行く末は直後の守備に映っていた。

 その裏、ブ軍にサヨナラの場面が訪れる。1死満塁で打球は二塁のロハスのもとに転がった。本塁への送球は右へ逸れかけ、捕球したウィル・スミスの足が一瞬ベースから浮いた。最後、委ねられたビデオ判定で本塁封殺が成立。紙一重のプレーは、前日の第6戦で肋骨を痛めていたロハスに揺るがなかったロバーツ監督の選手起用と確かにつながっていた。土壇場で踏みとどまったチームは11回、スミスに勝ち越しソロが出て、食い下がる相手をうっちゃった。

2004年のWS第4戦、9回に二盗を決めるレッドソックス時代のデーブ・ロバーツ【写真:アフロ】
2004年のWS第4戦、9回に二盗を決めるレッドソックス時代のデーブ・ロバーツ【写真:アフロ】

世界一につながった、ロバーツ監督が現役時代に見せた伝説の盗塁

 米スポーツトークショーのホストとして高い人気を誇るダン・パトリックのポッドキャスト番組に出演したロバーツ監督が振り返った瀬戸際での采配を改めて思う。ペンを止め少し考えると、記憶が追い付いてきた――。

 2004年の秋、WS進出を懸けたヤンキースとのリーグ優勝決定シリーズ第4戦だった。同年の夏にレッドソックスにトレードで移籍したロバーツは、1点ビハインドの9回に四球で歩いた先頭打者の代走として出場。ヤ軍の守護神マリアノ・リベラの3連続牽制にも臆せず、初球にスタートを切った。ヘッドスライディングで二盗を決めると後続の中前打で同点のホームを踏んだ。

 この盗塁が流れを引き寄せた。延長12回、デビッド・オルティーズがサヨナラ2ランを放ち同シリーズ初勝利をつかみ取ると、以後チームは躍動。4連勝で86年ぶりとなる世界一の座に就いた。

 絶対に失敗が許されない場面で、捕手のホルヘ・ポサダのほぼ完璧な送球をかわして得点圏に立ったロバーツは、満を持して代走に起用したテリー・フランコ―ナ監督の信頼に見事応えたのである。ロハスに代打を送らなかったのは、ロバーツ監督本人しか知り得ない重圧の中での成功体験で厚みを増した直感の賜物であろう。

 短期決戦での「データ」にも、面白い巡り合わせがある。

 ドジャースのアンドリュー・フリードマン編成本部長が、金融業界から野球界への転出で話題をさらったのは20年前のこと。数字による分析能力の高さを買われタンパベイ・レイズで編成のトップに迎えられると、就任からわずか3年目の2008年に、推し進めてきたデータ戦略が一気に開花。資金力に乏しい弱小球団のWS進出を下支えした。

 フリードマン氏は2014年にドジャースに迎えられたが、データを基にした戦略・戦術が脈々と息づいているレイズがデータに溺れたのは2020年のWS第6戦だった。

 1敗もできない戦いにブレイク・スネル(現ドジャース)が先発。ドジャース打線を相手に、6回1死まで2安打無失点、9奪三振無四球の快投を演じていた。が、73球と余力十分なエース左腕はお役御免となった。ケビン・キャッシュ監督は「3巡目からは被打率が上がるデータ」を根拠にした。だが、直後に救援投手が2点を奪われて逆転を許し、敗れた。

WS連覇を果たしたドジャースナイン【写真:荒川祐史】
WS連覇を果たしたドジャースナイン【写真:荒川祐史】

統計では生まれない分厚い熱量でファンを魅了した今季のワールドシリーズ

「蓄積データか勘か」の二項対立には常々思うことがある。皇帝ペンギンの生態である。

 南極大陸で繁殖する皇帝ペンギンのオスは、海まで歩き餌を捕ったメスが戻ってくるまでマイナス40度の氷上で1個の卵を足の間で温め続ける。往復100キロ以上の道のりからメスの帰還まで約3か月。オスは寒さと空腹にひたすら耐えなければならない。この繁殖行動に科学の視線は、ヒナ、メス、オスの生存率や遺伝子が伝えられる確率といった、統計的真理に向かう。しかし、それらの確率が何%であろうと、個々のペンギンにとっては知ったことではない。この世に受けた“生のすべて”なのだ。

 アドルフ・ヒトラーと並ぶ20世紀の非道な独裁者ヨシフ・スターリンは「ひとりの死は悲劇になるが、100万人の死は統計になる」と言った。この言葉が意味しているのは、命ある者の主体的体験の切実さを、科学は統計のサンプルの中に押し込め、統計的真理として説明する。野球のデータもしかり。選手の精神状態や体調が、綾織りとなって弾き出されたものではない。

 力の差などなかった。両軍の選手たちは皇帝ペンギンのごとく耐え難きを耐え抜き、最後まで勝負に挑んだ。2025年のWSは、その分厚い熱量で野球ファンを魅了し、そして、さわやかな無常観を浮かび上がらせた。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
早稲田大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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