リーグ優勝後、まさかの通告「クビですか?」 満身創痍の右腕…断ち切った“未練”

巨人、近鉄で活躍した香田勲男氏【写真:尾辻剛】
巨人、近鉄で活躍した香田勲男氏【写真:尾辻剛】

九州文化学園高・香田勲男監督が振り返る現役引退

 現役続行に意欲を見せていた右腕に突然、引退が訪れた。巨人、近鉄で投手として活躍した香田勲男氏は、九州文化学園高の野球部監督に就任して5年目を迎えている。昨夏の長崎大会は決勝に進出。春夏通じて同校初の甲子園出場まであと一歩に迫った。昨秋の長崎大会もベスト4に進出。指導者として手腕を発揮する香田氏が、プロ野球時代の現役引退を振り返った。

 巨人から近鉄に移籍して3年目の1997年は先発で9勝4敗。復活を果たし、巨人時代にはなかった球宴初出場を果たした。円熟味を増した投球は冴え渡り、中継ぎに回った1999年は55試合に登板。回またぎは当然のような起用が続き、99回2/3を投げて5勝4敗8セーブ、防御率2.44とフル回転した。

「リリーフの時は、回またぎをしょっちゅうしていましたね。近鉄に行くことで、いろんな方との出会いもありましたし、投球にも変化が出てきました。いい経験をさせてもらったなと感じています」

 新天地で再ブレークし、投手陣に欠かせぬ存在となった。2000年は6勝2敗、プロ18年目の2001年は36試合で2勝3敗1セーブと健在ぶりを示していた。

 2001年は9月26日に劇的な瞬間を迎える。マジック1の近鉄は大阪ドームでオリックスと対戦。2-5の9回、北川博敏が史上初となる代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打を放ち、リーグ制覇を果たした。この試合、近鉄は3点ビハインドの9回に守護神の大塚晶文を投入。香田氏は同点に追いついた際に備えて、延長10回の登板に向けてブルペンで肩を作っていた。

「『同点に追いついたら、香田いくぞ』と言われていて、ブルペンで準備していたんです。そしたらいい雰囲気になっていた。北川が出てきて、打ったんです。だから私はちょっと出遅れました」。球史に残る劇的な一撃の瞬間は投球練習中。そのため歓喜の輪には、遅れて加わった。

「要はクビですか」→「そうだ」で現役引退を決断

 近鉄の12年ぶりリーグ優勝に貢献し、ヤクルトとの日本シリーズにも登板。36歳になっていた右腕は「左膝が痛くて、薬漬けでした」と満身創痍だったが「もう1年頑張ったら」「できるんだったら」と現役続行に意欲を示していた。

「走れなくなったらやめようと思っていたんです。でも薬を飲めば何とかプレーできていた。だから秋季キャンプも選手として日向(宮崎)に行ったんです。2002年も現役をやるつもりでした。私はまだ、やる気でいたんですよ」

 ところが、待っていたのは投手コーチの就任要請。「指導者になってくれと言われて『要はクビですか?』と聞きました。『そうだ』と言われたので『分かりました』となりました」。現役に未練を抱きつつ、現役引退の覚悟を決めた。

「近鉄で7年間もお世話になって、オールスターにも出させてもらった。だからトレードは自分にとって、ありがたかったですね。近鉄へのトレードがなかったら、私はもっと早く野球をやめていたでしょうね」

 移籍当初は戸惑いがあった関西の生活にも慣れ、子どもたちは関西弁を話すようになった。東京からの転居を嫌がっていた妻も、すっかり馴染んだという。「住めば都で、子育てもしたし、友達もたくさんいて住みやすい感覚になりました」。

 18年間の現役生活にピリオドを打ち、近鉄で指導者の道へ。現在の高校野球指導につながる第一歩を、関西で踏み出した。

(尾辻剛 / Go Otsuji)

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