山本由伸が駆け抜けた“極限の9日間”の真実 腕すら上がらぬ疲労も…見せた笑顔「また頑張りましょっ」

表彰式で歓喜の表情を浮かべるドジャース・山本由伸【写真:荒川祐史】表彰式で歓喜の表情を浮かべるドジャース・山本由伸【写真:荒川祐史】

山本由伸、ド軍の世界一に尽力…歓喜の直後に浮かべた“安堵”「本当によかった…」

 夢を叶えた現実が、そこにあった。極度の奮闘で握力を失い、自力で上げられなくなった右腕は重力に従うしかない。グラブを外した左手の5本指で右肘付近をグッと掴むと、脱力した右掌は空を仰ぐ。「よかった。本当によかった……」。ドーム球場なのに、まだ沸き立つ湯気。額の汗を拭える場所は限られている。左肘付近のアンダーシャツで一瞬、視界を遮る。口元に繊維を当てながら、その細かな隙間から飛んできた言葉があった。「最後、何を投げましたっけ……?」。アドレナリン全開だった、カナダ・トロント。歓喜の表彰式を待つドジャースの山本由伸投手は、力尽きていた。

 2025年11月1日(日本時間2日)。敵地で行われたブルージェイズとのワールドシリーズ第7戦に6番手として救援登板。1点も許せない状況でマウンドに上がり、2回2/3を無失点に封じた。ワールドシリーズ3勝目をマークして、胴上げ投手に。今世紀初のワールドシリーズ連覇に導き、MVPに選出された。

 記念トロフィーを持ち上げたのは1人ではなかった。上がらない右腕を支えたのは“仲間”の存在。同僚たちの力も借り、堂々と表彰式の主役を張った。セレモニーを終えても、無数のフラッシュライトを浴び続ける。まさに“スター”となった27歳は、現地カナダメディアや米メディア、日本から集った報道陣から殺到したインタビューを受け終えた後、律儀に関係各所へ挨拶。「良い1年をありがとうございました。ちょっと疲れちゃったんで……。少しだけ休んで、また頑張りましょっ」。ヒーローの言葉には、誰かを巻き込むワードが散らばっている。周囲をやる気にさせる。だからこそ、いつも1人じゃない。

 予測不能な事態が毎日連発した怒涛の9日間だった。第1戦を落としたドジャースを救ったのは山本だった。先発マウンドを任された第2戦で9回完投勝利をマーク。休養日という名の移動日を挟んだ第3戦、目を疑う出来事が起きた。両チーム好投が続き、決着のつかない延長戦。延長18回になると、ブルペンで肩を作り始めた。フレディ・フリーマン内野手が劇的サヨナラ弾を放ったため、救援登板は“幻”となったが、完投勝利2日後に肩を作った。「いやぁ、危うく“出勤”してしまうところでした(笑)」と表情を崩したが、疲労蓄積の“事実”は変わらないものだった。

第6戦、負ければ終わりの先発マウンドに立ったドジャース・山本由伸【写真:荒川祐史】第6戦、負ければ終わりの先発マウンドに立ったドジャース・山本由伸【写真:荒川祐史】

第6戦後は深夜2時まで治療→未明の午前4時にようやく就寝

 2勝3敗で迎えた第6戦。負ければ終わりの先発マウンドに立った。逆境に強い男は、6回96球1失点の好投でシリーズを3勝3敗のタイに戻し、第7戦に望みを繋いだ。試合後の会見では「明日(第7戦で)プレーする選手は大変だと思います(笑)」とジョークを炸裂させてから引き上げた。

 すでに疲労困憊のコンディションではあった。3勝3敗のタイに戻した第6戦後、深夜2時まで念入りに治療を受けた。午前4時過ぎにようやく就寝。短い睡眠時間で迎えた第7戦、本当は微熱があり、鼻声だったことも周囲に隠し通した。

 いつもスマイルの似合う27歳が、笑えない状況と戦っていた。第7戦の試合前練習に出てきた山本はグラブを持っていた。本来、登板翌日にキャッチボールはしない。「投げる可能性ですか? (首脳陣に)『行けるか?』とは聞かれていましたよ」。覚悟はできていた。

 試合は3回に動いた。第4戦の先発登板から中3日の登板間隔で先発した大谷翔平投手が、ビシェットに先制3ランを浴びて降板。ドジャースは2番手にロブレスキーを起用。その後は第3戦に先発したグラスノー、第1戦と第5戦に先発したスネルと繋いだ。

 5回にスネルと一緒にベンチを飛び出してブルペンへ移動した山本は9回、ロハスの起死回生となる同点ソロを目に焼き付けた。左翼席へと飛び込む白球を見届けると、スイッチを入れた。不安と恐怖、そして興奮が胸を占める。

第7戦、優勝を決め捕手のウィル・スミスと喜び合うドジャース・山本由伸【写真:荒川祐史】第7戦、優勝を決め捕手のウィル・スミスと喜び合うドジャース・山本由伸【写真:荒川祐史】

「ブルペンで(肩を)作り始めた時、まだ投げられるという確信がなくて……。体調的にも。もちろん、投球はできますけど、第7戦という試合で、絶対に落とせなかったので、その責任もありました。迷いというか、そういったものがあったんですけど(体が)温まっていくうちに『いけるぞ』というところまで持っていけたので『いける』と伝えました」

 ロハス、パヘスら同僚たちの好守もあり、白星を掴むまでマウンドに君臨した。本職が「救援」のリリーバーたちも、ブルペンから拍手を送る。「由伸劇場」は、魂の34球目。感覚を信じ切った「スプリット」でカークのバットを折り、併殺に。絶叫、絶叫、絶叫……。記憶が飛び、涙が出た。

「夢中になれるから時間を注げるし、負けたくないって思えるから、成長に繋がる」

「ドジャースがワールドチャンピオンになって(最後を)締めくくることができて、すごくやりきったなという達成感と喜びを感じています。全員が(力を)出し切った。僕は2日連続で投げましたけれど、他の選手もコンディションがぎりぎりでも、できることを全部やった。気持ちが1つになった結果だと思います」

 9日間、計7試合で4度も肩を作った。登板した3試合の全てで勝ち投手になり、ワールドシリーズMVPを受賞。

「とことん好きなんだと思います、野球が。楽しいから自分で考えて動くことができる。夢中になれるから時間を注げるし、負けたくないって思えるから、成長に繋がるんだと思います」

 常に向上心。余韻に浸ることなく、前だけを見る。「(2026年は)WBCもありますし、1年がまた長い。オフはあっという間に終わるので、また練習の日々です。楽しみですね、どんな1年になるのか。でも、ちょっとだけ休みましょ(笑)」。かっこよくて、ちょっぴりキュートな世界最強ピッチャー。ここまで進化を遂げても、まだまだ限界の壁は越えていない。

(真柴健 / Ken Mashiba)

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