ジャッジが先制2ランも…ブラジルの小刻みな継投策にリズムつかみきれず
野球の世界一を決める第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の1次ラウンド、プールBが6日(日本時間7日)、米テキサス州ヒューストンのダイキン・パークで開幕した。大会史上最強の陣容を誇るアメリカは初戦をブラジルと戦い15-5で白星発進。主砲のアーロン・ジャッジに先制の2ランが飛び出し主導権を握ったものの、一気呵成とはいかず、メジャーリーガーが1人もいないブラジルに途中までは苦しめられる展開だった。
1回表に3番ジャッジが左中間へ豪快な2ランを放ち一気に畳みかけるかと思われたが、ブラジル先発のボー・タカハシ(西武)からは2点止まり。以後、ブラジルの小刻みな継投策に打線はリズムをつかみきれず、制球の乱れに乗じて大量点に結び付けた。5回には4四死球、最終回には4者連続を含む5四球とボークに安打をからめて、それぞれ4得点と7得点で突き離しにかかった。
超重量級打線が期待通りに機能せず、決して楽な展開ではなかった。三塁側ベンチから戦況を見つめていたマーク・デローサ監督は、開幕前日の会見で「ブラジルにも勝つチャンスはある。我々は決勝進出を決める“準決勝”を戦うつもりで毎試合に臨む」と抱負を口にしている。
この言葉は無垢である。
アリゾナで行われた2023年の前回大会の1次リーグ、格下のイギリス戦だった。序盤の3回、1死三塁の場面で、デローサ監督は内野に前進守備隊形を指示。守りで相手に重圧をかけ、内野ゴロと外野飛球で難局を脱している。ベンチに戻った先発アダム・ウェインライトの「まるでプレーオフの雰囲気だった」の言葉に指揮官は「私が選手に伝えようとしてきたのがそれだった」と返している。
ブラジル代表の松元ユウイチ監督、単独インタで明かした選手たちとの約束
デローサ監督は、この日の試合でも、記録には表れないきめの細かい野球を遂行した。ブラジルの松元ユウイチ監督は、「頭を使い動かす」戦術を明言しているが、左打席に立つ俊足巧打の5番伊藤ヴィットルと7番ビクター・マスカイを打席に迎えると必ず、三塁のアレックス・ブレグマンが内野の芝の中まで入り、ボールカウントが2ストライクになれば定位置へと下がった。徹底したセーフティバント封じである。打線は水物とよく言われるが、守備でも圧力をかけるデローサ野球は今回のチームでもブレない。
一方で、試合前の練習後に単独インタビューに応じたブラジルの松元ユウイチ監督は、選手たちと約束したことがあると明かした。
「アメリカに気持ちで真正面から挑みなさいって。特に、投手はフォアボールはだめ。ゾーンで勝負をしてやられたらそれが今のあなたの実力だからって言いました。逃げないでそれで打たれたらしかたがない。それができないんだったら、なんのためにこの素晴らしい舞台に上がってきたのかっていうことになりますからね」
松元監督の言葉も無垢である。本番で臆することはなかった。6回にマウンドに上がったジョアン・ガブリエル・マロスティカが先頭をいきなり歩かせ、次打者にボールが3球続いたところでタイムをかけた。モニターには険しい表情で語気を強める松元監督が映った。マロスティカは立ち直り、6者連続アウトを取った。8回途中で向かったマウンドで松元監督は、笑顔でマロスティカからボールを受け取った。
松元監督はブラジルの野球が正しい方向に進んでいくよう、選手たちとともにこの大会で多くを学びとろうとしている。
勝負をなめないアメリカと勝負に全身全霊をかけるブラジル。大差のスコアからは想像もつかないほど、野球の機微に富む味わい深い一戦であった。
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【マイ・メジャー・ノート】
1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)