岡本和真が怒りと悔しさで「目を真っ赤に」 巨人第89代4番誕生へ…侍スコアラーが見たリアル

志田宗大氏、岡本が4番に定着した2018年を振り返る
巨人で不動の4番の座をつかんだ岡本は、決してエリートじゃなかった。第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は1次ラウンドが終了し、野球日本代表「侍ジャパン」を含め、出場各国が熱戦を展開している。今季からメジャーリーグに挑戦しているブルージェイズ・岡本和真内野手も出場。主力として打線の中核を担っている。
巨人入団4年目の2018年に全143試合出場を果たして1軍に定着。シーズン途中から第89代4番を担った。同年から巨人でスコアラーを務めたのが、2017年の第4回WBCなどで侍ジャパンをスコアラーとして支えた志田宗大氏。岡本が真の4番打者に成長していく過程を、間近で見守ってきた。
「春のキャンプは、まだ何かをアドバイスするなどの時期ではありません。僕自身、選手を観察する時期でした。すると2月1日に、岡本選手の方から『志田さん、他球団から見て、自分ってどう思われているんですかね?』と質問してきたのです。ちょっと驚きました。相手投手の弱点や攻略法を知りたいのではなく、まず自己分析をしっかりする選手だったのです。それが最初に強く感じた印象でした」
ヤクルトで9年間プレーした志田氏は、2010年に現役を引退。翌2011年からヤクルトで7年間スコアラーを務めた。2018年は巨人に移籍して1年目だったのである。2017年オフに村田修一内野手が退団し、阿部慎之助捕手が39歳シーズンを迎えていた巨人は、“4番問題”に直面していた。
中日から移籍のアレックス・ゲレーロ外野手やケーシー・マギー内野手ら外国人がいたものの、長期的に見て4番育成は急務の状況。2014年ドラフト1位の岡本への期待は高かったものの、前年までの3年間で1軍出場は35試合、本塁打は1本でファーム暮らしが長かった。「世代交代の時期で、岡本選手に白羽の矢が立っていました。彼を何とか育てたいというのが、球団としても目標というか使命になっていたように思います」。
キャンプ最初の紅白戦。志田氏は「岡本選手に懸けてみようと思った瞬間がありました」と振り返る。岡本は2打数無安打で1四球。「私は結果じゃなくて内容を見ていました。キャンプの時期は、しっかりボールが見極められているか、振るべきポイントにスイングできているかが大事だと思っています。それができていたので、凡退しても全然問題なく、しっかりアプローチしているなと安心していたんです」。
試合後、ロッカールームにいた岡本の表情が、今も忘れられないという。「目を真っ赤にして1人で座っていたんです。何も言えなかったですね、彼の顔を見て。悔しくて目が充血していたのか、自分に対する怒りで充血していたのか。恐らくどっちもあったと思います。2月最初の紅白戦で2打席凡退しただけで、これだけの悔しさと怒りを出せる選手は見たことがない。その時に『岡本選手に今まで自分がやってきたことを懸けてみよう』と思いました」。ことあるごとに、ポジティブな言葉をかけ続けた。
4番初打席で特大弾…最終戦で3割30本塁打100打点を達成
オープン戦で結果を残し、迎えた3月30日の阪神との開幕戦は「6番・一塁」でスタメン出場。4打数無安打に終わったが、翌31日の同カードで藤川球児投手から3ランを放つなど4打数4安打5打点の大暴れ。さらに4月1日の3戦目は4回に2試合連発となる逆転3ランを放って勝利に貢献した。
「オープン戦とシーズンは別物。開幕戦でつまずきましたけど、見事にリカバリーして結果を出しました。これでしばらくは使ってもらえるだろうと思いましたし、1つの関門はクリアしましたね。ホームランも重ねていって、数字もついてきたので、チームの中での信頼度も徐々に上がっていったんです」
開幕から4番はゲレーロ、マギー、阿部が務めてきたが、固定できずに交流戦に突入。「4番問題が再燃していた」という6月2日のオリックス戦で、岡本が初めて4番に抜てきされたのだ。巨人の第89代4番。最初の打席となった2回、山岡泰輔投手が投じた初球の直球を左翼5階席までぶっ飛ばした。
「その瞬間に、巨人の新しい4番が誕生したんだと思いました。そういう星の下に、岡本選手は生まれている。結果もついてきている」。厳しい内角攻めを受けるようになり、死球で手を痛めて「うまくバットを握れない状態でも絶対に休まなかった。心の持ち方もしっかりしていた」と回顧する。32打席連続無安打の不振を乗り越えて4番に定着した。
シーズン最終戦となった10月9日の阪神戦。岡本は7回に32号ソロ、8回に2打席連発となる33号3ランを放ってシーズン100打点に到達した。この年は打率.309、33本塁打、100打点。史上最年少22歳シーズンでの3割30本塁打100打点達成に「巨人の4番は、これで大丈夫だと本当に確信しました」と当時を思い起こした。
「キャンプの紅白戦で悔しがった姿を見た時に、これはとんでもない選手になるなと思いました。ただ、今や押しも押されもせぬ存在ですけど、スタートに関しては決して順風満帆じゃなかったですね。それまでの3年間は忸怩たる思いをしながら過ごしていた選手。最初からエリートじゃなかったんです」
志田氏は昨年、中日でゲーム戦略アナリスト兼コーディネーターを担当。現在は、スポーツのデータ分析などを行うライブリッツ株式会社に勤務している。新たな道を歩む中「自分がかかわった選手では、岡本選手が一番印象に残っています」と思い出を振り返る。今や日本を代表するスラッガーとなり、世界に羽ばたいていく岡本。真の主砲へと成長していった過程には、数々のドラマがあったのだ。
⚪志田宗大(しだ・むねひろ)
ヤクルトの外野手として9年間活躍した後、2011年からヤクルトで、2018年からは巨人でスコアラーを歴任。2017年のWBCでは、侍ジャパン(日本代表)のスコアラーとして選手たちの活躍をデータ面から支えた「分析のスペシャリスト」。2026年にライブリッツ株式会社に入社。過去の経験を活かし、データを元に野球指導を行う「FastBall」を担当。
(尾辻剛 / Go Otsuji)