SNS発信で日本魅了、WBC豪州代表支えた舞台裏 府中で深まる“第二の故郷”の絆

言葉でつないだ日豪の距離、SNS戦略の核心
2026年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)プールCで、オーストラリア代表は9日の韓国戦に敗れ、惜しくも準々決勝進出を逃した。戦いぶりとともに注目を集めたのが、日本語で発信される公式SNSである。期間中のインプレッションは6000万回を突破し、過去最高のトラフィックを記録。数百万人規模にリーチした。
その中心にいるのが、オーストラリア野球連盟の放送・デジタルコンテンツマネジャーを務めるエリック・バルナーさんだ。言葉の壁を越え、日本とチームをつなぐ役割を担う。2026年2月、東京都府中市で行われた代表キャンプでは、練習試合にもかかわらず3000人を超える観客が来場。「第二のホーム」と感じるほどの熱気が生まれていた。
バルナー氏の原点はカナダ・オンタリオ州グエルフにある。少年時代から録音機を手にスタンドで実況練習を重ね、表現そのものに関心を抱いた。大学でジャーナリズムを学び、「人を伝える」姿勢を確立した。
「結局、すべては『繋がり(コネクション)』だと思うんです。スポーツを観る人は、プレーしているのがどんな『人間』なのかを知りたがっている。記事を書く時も、ツイートする時も、実況する時も、選手ひとりひとりの背景や情報を持つことが何より大切です。人々はチームを応援しますが、それ以上に『人間』を応援するものなのです」
「大学で学んだ最も重要なスキルも、『真の人間性について問うこと』でした。それが一番大切だと考えています。何事もまずは人から始まる。それが僕の信念なのです」
2023年WBCでは英語のみだった発信を、日本語へと拡張したのは同年末の国際大会だった。翻訳ツールを用い、日本のファンへ直接語りかける形に転換。選手の日常や背景を伝えることで共感を生んだ。
「外部の人間ではなく、選手と一緒に旅をしている僕だからこそ見える『インサイダー・ビュー』を人々は喜んでくれます。2023年のWBCはすべて英語で発信していましたが、同年末の『アジアプロ野球チャンピオンシップ』で日本に戻ってきた時、Google翻訳を使って日本語で発信しようと思いつきました。日本の人々に、オーストラリアの選手がどんな人間なのかを直接伝えたかったのです。彼らは仕事や家族、野球のバランスを必死にとっている素晴らしい選手たちです。オーストラリアでは大観衆の前でプレーすることはありませんが、日本の人々が彼らについて知りたいと思ってくれたのは本当に嬉しいことでした」

偶然の出会いから始まった野球人生と府中の絆
2014年、バルナー氏はカナダからオーストラリア・アデレードへ渡った。当初はオーストラリアに野球があることを知らなかったが、街で見かけた球団ロゴが転機となる。飛び込みで訪ねた球団事務所でボランティアを申し出ると、その日のうちに場内アナウンスを任され、キャリアが始まった。
「家を借りて『仕事を探さなきゃ』と思い、地元の通りを歩いていたんです。すると、『サメと野球ボール』のロゴが入った大きな看板を見つけました。『えっ、オーストラリアに野球? まさか』と思いましたね。それは、オーストラリア・ベースボールリーグ(ABL)のチーム、アデレード・バイト(現アデレード・ジャイアンツ)のロゴだったのです」
最初はボランティアで始まり、「着ぐるみを着ることからチケット販売、スポンサー営業、運営、ボランティアの管理まで、本当に何でもやりました。この経験で学んだのは、オーストラリアの野球は『情熱』に基づいたコミュニティだということです。何かを成し遂げたければ、多才でなければならない。フィールドを整備している人が売店で食べ物を売り、試合に出て、子どもたちを教え、スポンサー獲得案を練る。コミュニティを良くするために多くの役割を担うことの大切さを、僕は現場で教わったのです」
世界が新型コロナに直面するなか、エリックさんは「ロックダウンの最中、僕は自分自身を見つめ直した」。「『いつか世界が再び動き出したとき、自分は本当に何をしたいんだろう?』と。僕はもともと、“ストーリーテラー”になるためにキャリアを積んできました。でも、いつの間にかその原点から遠ざかっていて。『人生は一度きりだ。だったら、自分が心から情熱を持てることをやるべきだ』。そう決意して、再び現場に戻ったのです」
2026年大会を前に、両国の関係を「好奇心の物語」と表現する。相互理解が進む中、日本への敬意も強い。「この物語は、『好奇心の物語』だと思っています。日本人はオーストラリアの野球文化に好奇心を持ち、選手たちも日本の文化や食べ物、スタジアムに好奇心を持っている。双方向なんです」。

日本の子どもと触れ合いで蘇る“野球少年の心”
「私たちはまだ、日本の野球文化を学んでいる最中です。最近、日本のファンが私たちのために応援歌を作ってくれていることを知りました。次に来る時は、もっと多くのグッズが必要でしょうし、一緒に歌える歌のリストも必要かもしれませんね。お互いに学び合っている段階なのです」
府中での交流も象徴的な成果である。3000人規模の観客動員に加え、学校訪問など地域との接点も広がった。「昨日も3000人ものファンが来てくれました。これはオーストラリアのプロリーグ(ABL)のどの試合よりも多い観客数なんです。選手たちはここを『第二のホーム』だと感じています。街を歩いていても、まるで自分の家に帰ってきたような感覚です」。
「学校訪問で子どもたちの笑顔に触れると、選手たちの中にある『野球を始めたばかりの少年』の心が呼び起こされるようです。オーストラリアでは野球はマイナースポーツですが、ここでは誰もが自分たちと同じ情熱を持っています。私たちは今、オーストラリアだけでなく、府中というコミュニティも代表して戦っているつもりです」
キャリアを支えたのは挑戦を受け入れる姿勢である。「キャリアにおいて、私は多くのことに『NO』と言わず、『YES』と言い続けてきました。それが野球に深く関わり、ボランティア、ファン、スポンサー、あらゆる立場の人と接することに繋がった。そのおかげで、メディアやスポンサー、そしてファンの心理を深く理解できる多才さが身についたのだと思います。それが一番の誇りかもしれません」
一度きりの人生を物語に捧げた存在が、日豪の距離を縮め続けている。
(「パ・リーグ インサイト」高木隆)
(記事提供:パ・リーグ インサイト)