長崎西、強豪校を追い詰めたAI野球 東大を目指すマネジャー…転機となった監督の助言

長崎西ナイン【写真:加治屋友輝】
長崎西ナイン【写真:加治屋友輝】

21世紀枠で出場の長崎西、2度リードも逆転負け

 頭脳をフル回転させ、私立の強豪に食い下がった。第98回選抜高校野球大会は20日、大会2日目が行われ、第1試合では21世紀枠で75年ぶりに出場した長崎西(長崎)が滋賀学園(滋賀)と対戦。初回に先制点を奪うなど2度リードする展開も、守備の乱れもあって4-5で敗れた。

 長崎県内屈指の進学校である長崎西は、昨秋の九州大会でベスト8に進出。文武両道が評価されて21世紀枠で出場を果たしたが、突出した能力を持つ選手はいない。昨秋の近畿大会ベスト4の強豪・滋賀学園を相手に入念に対策を練り、5盗塁を決めるなど機動力も駆使して4点を奪った。

 宗田将平監督が「総合力は全ての面で相手の方が上」というようにパワーや技術では太刀打ちできない。相手投手の配球や、けん制の傾向などを徹底的に研究。3回には桑原直太郎内野手(3年)が二盗に続き、三盗も決めて得点につなげた。

 相手の分析は記録員でベンチ入りした山口陽大マネジャー(3年)が中心になって担当する。中学までは選手として活躍し「高校でも選手を続けるか悩んでいた」というが、入学直後の練習を見学した際に宗田監督から分析担当を勧められて裏方に専念することを決意した。

 AIを駆使した自作アプリで相手投手の投球傾向や打球方向を分析。動画も交えて宗田監督と選手に伝え、試合に生かしている。45年前の1981年夏の甲子園では、名古屋電気(現・愛工大名電)の工藤公康投手(元ソフトバンク監督)にノーヒットノーランを許して完敗。それ以来となる甲子園で、打線が初回から快音を響かせた。

 1死一塁から芦塚陽士内野手(3年)が外角直球を中前打。「内角を打つのは厳しいので、外角の直球かカーブを狙っていました」と分析の成果を発揮した。ベスト4に進出した1951年以来、長崎西にとっては実に75年ぶりの甲子園での安打。スコアボードの「H」ランプに、ベンチもスタンドも沸き返った。

長崎西・山口陽大マネジャー【写真:加治屋友輝】
長崎西・山口陽大マネジャー【写真:加治屋友輝】

選手28人に対しマネジャー10人…充実のサポート

 山口マネジャーは「相手投手の球が上ずっていた中で、自分たちが話し合ってきたことのすり合わせをしながらやっていました。狙うべき球をしっかり打てていたと思います」と振り返る。アルプススタンドは超満員で「応援団がすごくたくさん来てくれていたので、その中で最初にきれいなヒットが出て落ち着いた部分もある」と、序盤から長崎西らしさを発揮できた要因を分析した。

 ただ、5回以降は得点が奪えず初戦敗退。山口マネジャーは「うまくいった部分もありましたけど、うまくいかなかった部分もありました」と悔しそうに声を絞り出した。チームは選手28人に対し、マネジャーは10人と充実。データ分析以外にもメディカルや栄養、スポーツ心理学など担当が分かれており「選手をしっかりサポートして、夏もまた甲子園に出られるようにやっていきたい」と前を向く。

 卒業後の進路目標は「東大の野球部でアナリストをやりたい」と勉学面も怠らない。長崎県内で毎年春季キャンプを行う東大野球部のマネジャーと交流があり「Zoomでも話すことがありますし、今年は長崎西高に来てくれました」と意見交換して甲子園での戦いにつなげた。

「まだ課題はあります。データはパッと見て使えないといけない。どうやったら分かりやすく選手に伝えられるか、夏までに改善していきたい」

 善戦では納得できない。2勝を挙げた1951年はまだ校歌がなく、旧制中学校の校歌を斉唱。勝って甲子園に初めて長崎西の校歌を響かせるため、夏に向けて分析力を高めていく。

(尾辻剛 / Go Otsuji)

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY