甲子園騒然の“秘策”…大胆プレー成功を生んだ視野 3安打の花咲徳栄を救った決断

指揮を執った花咲徳栄・岩井隆監督(右)【写真:加治屋友輝】
指揮を執った花咲徳栄・岩井隆監督(右)【写真:加治屋友輝】

花咲徳栄が東洋大姫路に逆転勝ち…23年前のリベンジ

 父子でつかんだ大きな1勝となった。第98回選抜高校野球大会は21日、大会3日目が行われ、第1試合では6年ぶり出場の花咲徳栄(埼玉)が東洋大姫路(兵庫)と対戦。1点を追う8回に3点を奪い逆転し、2010年以来16年ぶりとなる2回戦進出を決めた。

 0-1で迎えた8回1死満塁。岩井隆監督の次男で「1番・遊撃」で出場した岩井虹太郎(こうたろう)内野手(3年)が、押し出し死球を受けて同点に追いついた。なおも1死満塁とチャンスは続き、カウント3-2になったところで思い切った作戦に出る。投球と同時に走者がスタートを切ったのだ。

 ボール球なら見逃せば押し出し四球となるが、際どいコースは手を出す必要がある。空振りは許されず、ライナーだと併殺の可能性が高い。100%ゴロを打たなければいけない状況で、岩井監督は「三振する打者じゃない。内野手も下がっていたので、これはベンチが動かなきゃいけない」と決断。相手内野陣が前進守備から併殺狙いの中間守備に切り替えたのを見て、鈴木琢磨外野手(3年)に迷わずランエンドヒットのサインを送った。

 鈴木の鋭い打球は、二塁ベース付近に転がり遊撃手の守備範囲。完全な併殺コースだったが、スタートを切っていた一塁走者の虹太郎が、遊撃手の捕球とほぼ同時に二塁に滑り込み併殺を防いだ。遊撃手は一塁送球で打者走者をアウトにするのが精一杯。フルカウントからのランエンドヒットについて、虹太郎は「今までも練習試合などでやったことがあります。走ってなかったらゲッツーでした」と振り返った。

 そして岩井監督が打っていた“もう一手”も生きた。直前に二塁走者に代走・更科遥陽外野手(3年)を送っていたのだ。スタートを切っていた更科は俊足を飛ばし、三塁を回って一気に生還。遊ゴロで2点を勝ち越したのである。

「1番・遊撃」で出場した花咲徳栄・岩井虹太郎【写真:加治屋友輝】
「1番・遊撃」で出場した花咲徳栄・岩井虹太郎【写真:加治屋友輝】

2年前の夏の甲子園は岩井監督の長男がベンチ入りも初戦敗退

 打線はわずか3安打と苦しみながら、とっておきの“秘策”がはまり、9安打を放った東洋大姫路に逆転勝ち。23年前、2003年の選抜大会準々決勝で、引き分け再試合の末に敗れた因縁の相手にリベンジを果たした。

 23年前はまだ生まれていない虹太郎だが、岩井監督が指揮を執っている試合の映像は見たことがあり「遊撃手の失策で同点になった場面があった。1点の大事さを感じさせられる試合でした」と語る。雪辱の一戦は、打席では「独特の緊張感があって、空回りしました」というものの、遊撃の守備では軽快な動きを披露。「甲子園は1点の重みが違う。打てなくても守りはしっかりやるのが大事」と1点差での勝利に貢献した。

 2年前の夏の甲子園。兄の福は背番号17でベンチ入りしたが、初戦で新潟産大付に1-2で敗れた。当時はスタンドで観戦していた虹太郎だが、この春、初めて甲子園のグラウンドに立った。念願の父子での勝利を飾り「兄や父と一緒に野球ができるから花咲徳栄に入りました。チームとして勝つことができて良かったです。出るだけじゃなく、甲子園で1勝できたのでホッとしています」と少しだけ笑みを浮かべた。

 自慢の強力打線は火を噴くことはなかったが、岩井監督は「打線はそんなもの。簡単には打てない」と意に介さない。虹太郎の同点押し出し死球には「あれはもう、爆笑でしたよ」と苦笑いし「次は打つでしょう」と切り込み隊長である次男のさらなる奮起に期待した。

 花咲徳栄が全国制覇した2017年夏の甲子園の時は小学校3年生だった虹太郎が見据えるのは、父子での日本一。「次はもっと打線が援護していきたい」。足と守備で貢献し、まずは第一関門を突破。次はバットでもけん引して、ベンチで指揮を執る“父”を安心させるつもりだ。

(尾辻剛 / Go Otsuji)

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