試合中コーチに激怒「点取ってくださいよ!」 好投も“チクリ”…ヘッド仲裁のゴタゴタ劇

西武など3球団で活躍した杉本正氏【写真:山口真司】
西武など3球団で活躍した杉本正氏【写真:山口真司】

元西武左腕の杉本氏は、プロ3年目に初の2桁勝利

 NPB通算81勝左腕の杉本正氏(野球評論家)は、プロ3年目の1983年に初の2桁となる12勝をマークし、西武の2年連続リーグ優勝&日本一に貢献した。尊敬する大エースの東尾修投手からスライダーを学んだことも成長につながったそうだが、この年もいろんなことを乗り越えた。シーズン中にコーチと“口論”になったり、日本シリーズ中にはベンチ裏で涙したこともあったという。

 1983年、杉本氏は4月13日の日本ハム戦(後楽園)で先発。5点リードの9回、代打の井上弘昭外野手にソロアーチ、5番のトニー・ソレイタ外野手に2ランを浴びて降板したものの、8回2/3を投げて3失点でシーズン1勝目を挙げた。だが、4月は1勝1敗と調子は上がらず、5月も1勝1敗。試合序盤でのKOも目立ち、6月は勝ち星なしの1敗に終わった。

 復調したのは7月からだ。2日の近鉄戦(西武)に5安打完封で3勝目。17日の南海戦(札幌円山)から8月19日の南海戦(大阪)まで4連勝で、7勝4敗と白星を先行させた。9月21日の日本ハム戦(後楽園)では2失点完投で初の2桁となる10勝に到達。最終的には12勝をあげてリーグ連覇に貢献した。

 プロ3年目を振り返った杉本氏は「あの年、東尾さんに『スライダーを教えてください』とお願いして、覚えたんです」と明かす。「あまり熱心には教えてくれなかったんですけどね(笑)。『(投げる時の)最後のここだけだ』とか言われてね。その感覚で投げ始めたら、それなりに曲がるようになったんです。それで12勝できたんですよ」。

 7月、4連勝の起点となった札幌円山球場での“7.17”南海戦はよく覚えているという。「練習が終わって着替えようとしたら、スラパンがなくて……。すると東尾さんが『縁起のいいパンツを貸してやるわ』と言ってくれて、それを借りて投げたんです」。結果、5回無失点で4勝目を挙げたが、その試合中にゴタゴタ劇があったそうだ。

「5回を終わって0-0だったんですけど(南海の)定岡(智秋)さんにヒットを2本打たれていて(西武の)近藤(昭仁)コーチに『同じバッターに打たれるんじゃないよ!』って、えらい怒られたんですよ」。

 これに杉本氏はカチンときたという。「思わず『なら、点を取ってくださいよ!』って言い返したんです。ヘッドコーチの森(昌彦)さんが止めに入ったんですけどね。そしたら6回に(打線が)4点を取ってくれたんです」。試合は4-1で西武が勝利した。結果的には、コーチとの口論の末に掴んだ4勝目から波に乗った形になった。

巨人との日本シリーズで2度先発、第6戦は完投目前で悪夢

 この年の西武はとにかく強かった。2位の阪急に17ゲーム差をつけてリーグ連覇を達成。巨人との日本シリーズも4勝3敗で制し、2年連続で日本一に輝いた。

「その年の日本シリーズもねぇ」と杉本氏は苦笑する。第3戦(11月1日、後楽園)と第6戦(11月5日、西武)の2試合に先発。第3戦は3回1/3を投げて2失点。2勝3敗で迎えた第6戦は、完投勝利目前の9回に2点を奪われ逆転された。その裏の攻撃で追いつき10回にサヨナラ勝ちとなったが、1点リードの9回に試合をひっくり返された時は大ショックだった。

「あのまま負けていたら巨人が日本一ですからね。初回に1点取られながらも9回まで投げさせてくれたのに……。9回2死一、二塁で(打者は)中畑(清)さんだった。僕は中畑さんとあまり相性がよくなかったので(捕手の)伊東(勤)をマウンドに呼んで『どうしようか』って。ベンチをみたら森さんが背中を向けていたし『もう伊東、シュートで行こう。今日はそれが一番いいから』と言って、投げたら右中間に逆転三塁打を打たれたんです。その回を投げ終わってベンチ裏で僕は泣いてしまいました」

 そんな涙の降板から一転しての第6戦勝利。雨天中止を挟んでの第7戦(11月7日、西武)も、西武は終盤に逆転し日本シリーズ連覇を成し遂げた。この2年間で杉本氏は日本シリーズに4試合先発し、勝ち星をつかむことはできなかったが、貴重な経験になったのは言うまでもない。そして、この時は想像もしていなかったが、翌1984年が西武投手としての“ラストシーズン”になる。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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