引退から30年も「戻って来ないか」 切れ目ないオファー…65歳で選んだ“初体験”
元西武、中日、ダイエー左腕の杉本正氏(野球評論家)は2025年4月から福岡トヨタ硬式野球クラブFTサンダースの投手コーチを務めている。「勝てる選手を作り上げたらいいかなと」…
引退から30年も「戻って来ないか」 切れ目ないオファー…65歳で選んだ“初体験”
元西武、中日、ダイエー左腕の杉本正氏(野球評論家)は2025年4月から福岡トヨタ硬式野球クラブFTサンダースの投手コーチを務めている。「勝てる選手を作り上げたらいいかなと」…
敵将から説得3年で「もう往生しろ」 “陥落”でライバル球団へ…待ち受けた「松坂フィーバー」
元西武、中日、ダイエー左腕の杉本正氏(野球評論家)は1995年シーズンからダイエー2軍投手コーチに就任し、指導者人生をスタートさせた。1998年からは西武・東尾修監督の下で…
監督から「お前を使わない!」 開幕前の2軍落ちで“通達”…肘痛で幻となった阪神トレード
西武、中日、ダイエーでプレーした杉本正氏(野球評論家)はプロ13年目の1993年限りで現役生活にピリオドを打った。ラストシーズンはダイエーで1軍登板なしだった。左肘痛のため…
敵将からトレード打診→直後に成立 指揮官から「これでいいんだろ!」も…最後に知った本心
2度目のトレードを経験した。NPB通算81勝左腕の杉本正氏(野球評論家)はプロ10年目の1990年シーズン途中に3年目右腕・高島覚投手とともに中日からダイエーに移籍した。南…
中日左腕、突然の大乱調に監督激怒 待っていた通告…“消えぬ”違和感「どんどん悪くなった」
1988年のセ・リーグは星野仙一監督率いる中日が優勝した。先発陣の一角を担った左腕の杉本正氏(野球評論家)はV決定試合の10月7日のヤクルト戦(ナゴヤ球場)に先発して5回無…
試合中に指揮官が「すぐに帰れ!」 先発日に父が急逝…登板準備から不可解な“予兆”
星野仙一監督体制1年目(1987年)の中日は、巨人にリーグ優勝を許し2位に終わった。その年に左腕エースとして活躍したのが杉本正氏(野球評論家)だ。キャリアハイの13勝を挙げ…
中日監督が「よこせ!」、左腕は拒否「嫌です」 記者席も騒然…1本の安打が生んだ“混乱”
元中日左腕の杉本正氏(野球評論家)は、プロ7年目の1987年にキャリアハイの13勝を挙げた。背番号を「14」から「21」に変更し、星野仙一監督1年目のシーズンでの活躍だった…
指揮官と中日エースが異例の“対決” 「負けたらペナルティ」も…待っていた結末
元中日左腕の杉本正氏(野球評論家)は、西武から移籍2年目の1986年にチーム最多の12勝をマークした。オールスターゲームに監督推薦で出場するなど、堂々たる活躍だった。しかし…
中日移籍でまさか「やっていいんですか?」 徹底管理から激変…驚愕した“文化の違い”
1985年に西武から中日へ移籍した杉本正氏(野球評論家)は、交換トレード相手の田尾安志外野手に対して「負けられない思いが強かった」と語る。移籍1年目は23登板で5勝4敗、防…
フロントから「トレードない」と断言も…察した中日移籍 同僚に告げた「いなくなるかも」
社会人野球・大昭和製紙から西武入りした杉本正氏(野球評論家)は、プロ5年目の1985年、春季キャンプ直前の1月に、大石友好捕手とともに中日へ移籍した。田尾安志外野手と2対1…
西武コーチが姉に説教「何を食べさせてる!」 2軍落ちで行われた“事情聴取”
元西武左腕の杉本正氏(野球評論家)にとって、プロ4年目の1984年は試練のシーズンだった。「6月に初めてファームに行かされましたからね」。前年にプロ初の2桁となる12勝を挙…
試合中コーチに激怒「点取ってくださいよ!」 好投も“チクリ”…ヘッド仲裁のゴタゴタ劇
NPB通算81勝左腕の杉本正氏(野球評論家)は、プロ3年目の1983年に初の2桁となる12勝をマークし、西武の2年連続リーグ優勝&日本一に貢献した。尊敬する大エースの東尾修…
日本S制覇も指揮官から非情通告 銀座で「朝までどんちゃん騒ぎ」後…待っていた現実
西武などで活躍した杉本正氏(野球評論家)は、プロ2年目(1982年)にリーグ優勝と日本一を経験したが、中日との日本シリーズでは悔しい思いをしたという。第2戦(10月24日、…
球宴選出も指揮官が反対 2年目左腕に「出る選手じゃない」…全パ監督は“憤慨”
元西武左腕の杉本正氏(野球評論家)は、プロ2年目の1982年にパ・リーグ優勝&日本シリーズ制覇を経験した。この年から西武を率いた広岡達朗監督の“管理野球”によって栄冠をつか…
まさかの“打ち止め”に敵将激怒 降板指令でヘソ曲げた左腕に幸運…雨が呼んだレアな結末
元西武左腕の杉本正氏(野球評論家)は、プロ1年目の1981年、先発、中継ぎ、ワンポイントリリーフに、抑えもこなした。無我夢中で必死に投げ続け、36登板で7勝8敗2セーブ、防…
最後と覚悟したプロ初先発 球場に両親招待…まさかの結末、元ドラ3が知った“立ち位置”
鮮烈なデビュー戦だった。西武にドラフト3位で入団した杉本正氏(野球評論家)は、プロ1年目の1981年4月7日の日本ハム戦(後楽園)に初登板。初先発のマウンドで完封し初勝利を…
宴会続きで体重激増→運転中に事故 プロ入り前に波乱…“負の連鎖”を断ち切った出会い
1980年ドラフト3位で社会人野球・大昭和製紙から西武に入団した左腕・杉本正氏(野球評論家)のプロ生活は、波乱の幕開けとなった。11月に都市対抗優勝とドラフト指名が重なり、…
西武から指名も、会社が“ドタキャン” 募った不信感…自力で入団交渉「お金をもらいに行こう」
社会人野球・大昭和製紙(富士市)の左腕・杉本正投手(現・野球評論家)は、1980年のドラフト会議で西武から3位指名されて、プロ入りした。その年の都市対抗野球大会でチームを優…
元巨人大砲に被弾→告げられた“代表落ち” 直後に投球不能、それでも巡り込んだ僥倖
大巻き返しだった。1980年の都市対抗野球大会は大昭和製紙(富士市)が10年ぶり3度目の優勝を飾った。その立役者で、最優秀選手賞にあたる橋戸賞を受賞したのが、当時社会人3年…
「今の若いヤツは…」 宿舎で聞こえてきた先輩の小言…対抗した“前時代的”思考
西武などで先発左腕として活躍した杉本正氏(野球評論家)は、社会人野球・大昭和製紙(富士市)2年目の1979年に都市対抗野球大会で活躍、インターコンチネンタルカップ日本代表に…
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