カリフォルニアの空の下…ロハスの“塾生”となったキム・ヘソン
昼下がりのドジャースタジアム。キム・ヘソンはホームゲームの前に設けられている早出特守で、決まってグラウンドに現れる。遊撃を一緒に守るのは、チームリーダーのミゲル・ロハス。交互にノックを受けながら、一つ一つの動きにアドバイスを送る姿が印象的だ。まるで師弟のような2人は、いったい何を話しているのか、ロッカールームに戻ったロハスに聞いた。
「ヘソンがより楽に構えてフィールディングできるように、一緒に練習しているんだ。彼の内野守備能力はとても高いので、あとはもう少しリラックスしてプレーすればいいだけだと思うからね」
キム・ヘソンは韓国プロ野球のキウム時代、2021年には遊撃手、2022~23年には二塁手としてゴールデングラブ賞(日本のベストナインに相当)を獲得している。昨季、メジャーでは二塁を45試合、遊撃を11試合、そして外野も17試合守った。今季はムーキー・ベッツが4月上旬から1か月戦線離脱したのに伴い、遊撃を守る機会が多かった。
そしてロハスは内野のユーティリティとして、メジャーで13年のキャリアを積んできた選手だ。昨季も内野すべてのポジションを守り、守備をいずれも高いレベルでこなす。2人の練習では実際に動きを見せながら、通訳を交えキム・ヘソンに熱い言葉をぶつけていく。
ロハスはキム・ヘソンの守備力を「二塁ではすでにゴールドグラブ級の選手だと思う」と高く評価している。そして、遊撃手としてもう一段上に行くために必要なことも、はっきり見えている。「プレーを完成させるまで、どのくらい時間があるのかを理解して、ショートでもセカンドと同じくらい楽にプレーしてもらいたいんだ」。
メジャーリーグの二遊間は、ロハスのような中南米出身の選手にとっていわば“持ち場”だ。やわらかいハンドリングやクイックネスを生かし、好守で活躍してきた選手が多い。アジア出身の内野手とはまったく違うリズムには、うなるしかない。
対照的に見える2つの守備スタイルについて、ロハスは「我々ラテンアメリカの選手は、フィールディングが派手に見えることがあるかと思う。一方で、アジア系の選手は基礎がしっかりしている。彼らの取り組み方も理解できるよ」と分析してみせる。違いを尊重できるのはマーリンズ時代、球界トップクラスの指導力を持つペリー・ヒル氏に基本を叩き込まれたのが大きいという。その目から見ると、現状のキム・ヘソンの守りにはある“クセ”がある。
「彼はすべてを正しく、完璧にこなそうとしていると感じる。ポテンシャルを解き放って、自分にどれだけの時間があるのか、自分がどれほど優れた内野手なのかをより深く理解できれば、もっと自信を持ってショートでプレーできると思うんだ」
ロハスがキム・ヘソンにすべてを伝える理由「現役最後の年だ」
資質は申し分ないという。「偉大なショートストップになるために必要なすべてを兼ね備えているよ。肩はとても強いし足も速く、捕球も的確。あとはショートを守るリズムをもう少し身に着けることだね。向上させなければならないのは、そこだけかな。反復練習を重ねて経験を積むことで、身につくよ」。毎日繰り返すゴロ捕球に、大きな意味がある時期なのだ。
ただここで一つ、疑問が湧いた。ロハスは37歳になるとはいえ現役選手だ。10歳下のキム・ヘソンに守備の極意を伝えていけば、自分の出番を奪われることにもつながりかねない。そこに葛藤はないのだろうかと。ただこれは愚問だった。ロハスは何のためらいもなく口にする。
「全然ライバルではないよ。チームメートをライバルとしては見ないからね」
強いチームをまとめあげる上で、一つの哲学がある。「我々は、優勝を目指すチームなんだ。僕がチームメートをもっといいプレーヤーにすることができたら、チームが優勝する可能性は高まる。考えているのはそれだけだよ」。
ロハスのグラウンドやベンチでのふるまいは、日本でもテレビ中継に映る。チームメート同士の争いを仲裁したり、ベンチにいても率先して盛り上げ、前向きな空気を生み出す。そんな姿を、日本のファンは「アニキ」と呼んでいると伝えると、ロハスは微笑みながら「それが自分の性格だし、そういう人間だと思っている。人のためになることをするのが好きだし、チームメートの役に立ちたいと思っているんだ」と繰り返す。
「自分はキャリアの終盤に入り、今年が現役最後の年だ。引退したらコーチになりたいんだ。チームメートがより良い選手になれるよう、今から手助けできる存在になれれば、自分の将来にも役立つ。もし周囲から“アニキ”として見られているのであれば、まさにそういう存在になろうとしているところさ」
ベネズエラ出身のロハスは、異国で自分の居場所を切り開いてきた選手だ。野球選手が海外で成功するための方法も心得ている。「新しい文化に慣れるのは、少し時間がかかる。それでも、チームメートたちと過ごす時間が心地よければ、クラブハウスにいる時間も楽に過ごせるようになり、グラウンドでも良いプレーができる」。海外からメジャーリーグに挑む後輩たちがそんな空気の中でプレーできるよう、心を砕く。
「結局、ここに来たいという気持ちで球場に来て、他のプレーヤーと良い時間を共有することが大事なんだ。文化の違いを克服することは難しいと思うけれど、チームのみんなと心地よく過ごせれば、解決できるんだよ」
佐々木朗希に背番号11を譲った理由「付ける機会はもう、もらったからね」
ロハスが気にかける“挑戦者”は、キム・ヘソンのほかにもいる。佐々木朗希がドジャースと契約した2025年、背負っていた背番号11を快く譲った。ドジャースでは過去に、ドミニカ共和国出身で、代打の切り札としても活躍したマニー・モタが背負った番号。ロハスも左前腕部にタトゥーを彫るほど、こだわりをもっているがあっさり手放した。チームメートの“居心地”を優先したからだ。
「ロウキは契約したとき、11番をすごく欲しがっていたからね。その時は僕が付けていたけれど、言った通りチームメートを優先に考えて、いい気分にさせたいんだ。朗希が11番を付ければ、彼の気分が良くなり、ピッチングもさらによくなると考えたんだ。自分にとっても大事な番号だけれど、付ける機会をもうもらったからね。自分にとっての大切さは、自分でわかっていればいい。だったらチームメートの居心地が、さらに良くなる方がいいからね」
毎日の“講習”を通じて通じ合うキム・ヘソンと、背番号でつながる佐々木朗希。大谷翔平や山本由伸とは違い、まだ発展途上にある2人へロハスが向ける視線はどこまでも温かい。
「2人はよくやっているよ。ここにいられることにワクワクしていて、それぞれの個性も出せている。このチームでプレーし続けるために、全力で取り組んでいる。彼らが夢を叶えたという点で、このチームに来られて良かったと思うし、アジア系の選手が多く在籍しているからやりやすいだろうし。僕たちも全力で支えるよ」
3年連続の世界一に挑むドジャース。大谷翔平、ベッツ、フリーマンといったスーパースターが注目を集めるが、常勝軍団を「ファミリー」たらしめているのは、ロハスが振りまく無私のリーダーシップだ。ベッツの復帰で、今季はバックアップの時間のほうが長くなるかもしれない。それでもロハスは、後輩たちにチームのあるべき姿を伝え続ける。ドジャースが誇る「アニキ」の眼差しは、今日も温かい。
(羽鳥慶太 / Keita Hatori)