身長208センチのポール・ガーベイスは昨季途中からドジャースに加入
屈強な男が集うドジャースの中でも、ひと際大きな選手がいる。26歳の右腕ポール・ガーベイス投手だ。球団史上でも最長身の6フィート10インチ(約208センチ)。メジャー定着を狙う2年目の今季は、ブルペンの38イニング連続無失点という球団新記録にも貢献した。高卒時は奨学金のオファーがなく、3部リーグの大学に進学。父の一喝で変貌を遂げた過程を独占インタビューで聞いた。
マウンドに立つと、より高さが際立つ。長い手足を生かした、球持ちのいい独特のフォーム。フォーシームの平均球速は150キロ弱に留まるが、大きく曲がるスライダーとともに自信を持って投げ込む。ガーベイスが心に刻むのは、ドジャース首脳陣の言葉だ。
「君は体が大きくて、凄い球を持っている。エクステンション(球持ち)も素晴らしい。とにかく自分の最高の球で攻めろ。それで打たれたら仕方ない。私たちも受け入れるから」
昨年の7月末にハンター・フェデューシア内野手とのトレードで、ベン・ロートベット捕手らとともにレイズから加入。今季は5月9日(日本時間10日)に初登板を果たした。翌日にマイナー降格したものの、17日(同18日)に再昇格。22日(同23日)の敵地でのブルワーズ戦では2回を投げ、1安打1四球で無失点に抑えた。
ドジャース救援陣は12日(同13日)のジャイアンツ戦から26日(同27日)のロッキーズ戦で途切れるまで、38イニング連続無失点の球団新記録を樹立。ガーベイスも2イニングだけながら歴史の一員になった。
「高校時代には全く想像できませんでしたね。昨年ワールドシリーズを制したチームで今年これだけ長くこのレベルにいられるなんて。本当に恵まれています」
ノースカロライナ州ハーネスト・セントラル高時代のガーベイスは、エリートとはほど遠かった。
高校時代は最速130キロ半ば…大学からは奨学金のオファーなし
身長はすでに6フィート7インチ(約200.6センチ)に達していたが、球速は130キロ台半ば。「背が高くてひょろ長かったですが、自分が何をしているかよく分かっていませんでした。ただ投げているだけ。練習熱心でもありませんでした」。大学からスポーツ奨学金のオファーはなく、NCAA3部に所属する私立ファイファー大に進学した。
1年目の2019年は9試合に投げ、19回1/3で10失点(自責9)、防御率4.19。「メジャーリーガーになりたいとはずっと思っていましたが、その時はなれると信じていなかったと思います」。夢への道は漠然としていた。そんな時、父から喝が飛んだ。
「学費は安くないんだぞ。もし一生懸命努力しないなら、もう払わないからな!」
ハッと目が覚めた。厳しい言葉の裏にある親心に背中を押され、より真面目に野球と向き合うようになった。とはいえ、すぐに結果は伴わない。ウェイク・テクニカル・コミュニティ・カレッジに編入した2020年は7試合、8回1/3で防御率14.04と低迷。挫けそうになった時は、聖書の一節を思い出した。「わたしを強めてくださる方のおかげで、わたしにはすべてが可能です」。諦めるという選択肢はなかった。
努力が実を結び始めたのは、ピット・コミュニティ・カレッジに編入した2021年度だった。「そこでただの『投げる人(thrower)』から、『投手(pitcher)』になるための投球術を学びました」。体の使い方のコツも掴み、球速も向上。14試合、21回2/3を投げて防御率1.66、35奪三振と数字もついてきた。
「一番大きかったのは自信を持つようになったことだと思います。自分は他の誰よりもデカいんだから、マウンドに立ったら威圧的なはず。だから自分自身を信じ、自分の持っているものを信頼することにしました。それから相手を圧倒できるようになりました」
スカウトが視察に訪れるようになったのもこの頃だ。最初は「なんで僕を見に来ているんだ?」と、嬉しさよりも、驚きが勝った。「それから5人、10人と増えていき、『ああ、これは本当にチャンスがあるかもしれない』と思い始めました」。一躍ドラフト候補に成長し、2022年度には全米屈指の名門、NCAA1部のルイジアナ州立大に編入した。
くすぶりながらも夢を追う若者へのアドバイス
強豪校ばかりと対戦しながら、29試合、39回を投げて防御率1.85、52奪三振。「このレベルでも支配的な投球が出来た時に『いけるぞ』という思いは確信に変わりました」。迎えた2022年のドラフト。12巡目、全体359位と下位ではあったがメッツから指名を受け、夢が現実となった。
2Aまで上がった2024年にトレードでレイズに移籍。2025年6月21日(同22日)に念願のメジャーデビューを果たした。5試合に投げて防御率4.26の成績を残したところでマイナーに降格。その約3週間後にドジャース行きが決まった。
「本当に興奮しましたよ。ドジャースは加入当初は一流じゃなかったかもしれない選手をたくさん世界最高の投手に変貌させてきましたから。世界最高の球団、もしかしたら世界最高のスポーツチームかもしれません」
“魔改造”を何度も成功させてきた育成システム。ガーベイスは加入後にフォームの微調整を行った他、「ストライクゾーンで勝負しつつ、何も出し惜しみせずに自分の最高のボールで攻めること」を指導された。充実感に溢れた表情からは、確かな手応えがうかがえた。
日本にも“エリート街道”から外れ、下部リーグでもがいているプロ志望選手がいる。かつての自分と同じような境遇の若者にアドバイスを求めると、ガーベイスは「とにかく一生懸命努力し続けることですね。野球は本当に難しいですから」と答えた。
「誰もが14歳で世界最高の野球選手というわけではありません。ショウヘイ(大谷翔平)のように、ずっと素晴らしい選手もいますが、遅咲きの人だっています。(2年連続サイ・ヤング賞のタリク・)スクーバルも25、26歳ぐらいになるまで自分は優れていなかったと言っていました。そういう選手はたくさんいます。だから限界まで努力すること。それでダメだったとしても、納得できるはずです」
高校時代に130キロ台半ばしか出なかった男も、メジャーの舞台に立てる。「父には大きな借りがありますね(笑)」。恩返しするためにも、まずはロースター定着を目指す。
(鉾久真大 / Masahiro Muku)