「やめます。投げません」PL学園で起こっていた衝突 全力投球怠り終戦…エースの後悔「もう時効」

元中日・米村明氏【写真:山口真司】
元中日・米村明氏【写真:山口真司】

米村明氏はPL学園3年の大阪大会準決勝に先発も敗退…20年後に謝罪

 あの時は本当に……。元中日投手の米村明氏は49年前のPL学園時代を振り返りながら「僕はとんでもない高校野球選手でした」と反省の言葉を口にした。1977年、高校3年夏の大阪大会でPL学園は準決勝で北陽(現・関大北陽)に2-5で敗れ、2年連続甲子園出場とはならなかったが、実はこの時、鶴岡泰監督への反発心から全力投球を怠ってしまったという。「あれから20年くらい経ってからのPLの大きな忘年会でみんなの前で謝りました」とも明かした。

 3年春の大阪大会前の天理との練習試合に登板して敗れた米村氏は、試合後に鶴岡監督から厳しい叱責などを受けた。のちに、その試合中に左肩を亜脱臼していたことも判明し、しばらく静養に努めることになったが、監督に対する不信感は増幅していた。そんな中、チームは米村氏不在でも春の大阪大会を制して近畿大会に進み、1回戦で高田(奈良)、準決勝で田辺(和歌山)を下して勝ち上がっていった。

 米村氏は近畿大会から復帰。高田戦では代打から中堅の守備に就き、田辺戦では「3番・中堅」で3打数1安打1打点。そして決勝の東洋大姫路(兵庫)戦では「4番・左翼」で出場し、4回から2番手投手としてマウンドに上がった。「それが僕にとって久々の公式戦マウンドでした」。1学年下の西田真二投手(元広島)と木戸克彦捕手(元阪神)のバッテリーが先発したが初回に6点、2回にも4点を奪われて、0-10となってからの出番だった。

「のちに福岡の柳川や真颯館で野球部長になった同級生の南(良成捕手)とバッテリーを組んで抑えたと思います」。6イニングを投げて1失点。だが、打線は東洋大姫路・宮本賢治投手(元ヤクルト)を攻略できず、途中から左翼に回った西田が9回裏に本塁打を放った1点だけ。1-11の大敗だった。「でもね、西田って大したもんですよ。あれだけ打たれて、普通だったら立ち直れない。それでも最後にホームランを打つんですからね」と米村氏は後輩の精神力の強さを称えた。

 その一方で、同じく後輩の木戸との相性はあまりよくなかったという。「木戸はのちに、いいキャッチャーになりましたけど、あの頃はまだ2年生。いちいち鶴岡監督を見て(指示を受けて)からサインを出していたんです。僕は、ちぎっては投げ、ちぎっては投げのリズムだったから、あの時の木戸とはどうにもリズムが合わなかった。だから近畿大会(決勝)の時もそうだったように、南と(バッテリーを)組みたいと思っていた。公式戦で南と組んで負けたこともなかったしね」。

捕手を巡って監督と衝突…先発登板も「ええ加減な感じでした」

 希望は鶴岡監督にも伝えていたそうだが、最後の3年夏の大阪大会は全試合で木戸がスタメンマスクを被った。米村氏は2回戦から5回戦まで先発し、木戸捕手とのコンビで好投。勝利に貢献したが、心境は複雑だったそうだ。準々決勝の八尾戦は西田が完封勝利を挙げ、次は準決勝の北陽戦。ここで再び、米村氏が先発マウンドに上がったが、気持ちは完全に後ろ向きだったという。

「もう本当に時効ですけど、(準決勝の)前の日に監督から『米村、明日も木戸で行くけどええか』と聞かれて『じゃあ、それだったら僕を使わんといてください。やめます。投げません』と言ったんです。木戸は打力がいいので監督は使いたかったんです。『相手は北陽だから打たないと勝てないんや、頼む』と言われましたが『いや、もういいです。僕は南とバッテリーを組むために一生懸命頑張ってきたんですから』と言い返しました」

 最終的には押し切られて、渋々先発したが「ええ加減な感じでした。監督への反抗心しかなく、肩も痛くないのに山なりのボールを投げたりしましたから。それで負けたんです。僕なんか、とんでもない高校野球選手だったんですよ」と米村氏は話す。「(8回に4失点して)交代する時、南が審判に言いに行ったのを覚えています。で、負けて帰りのバスに乗る時、南に『今日はヨネとバッテリーを組みたかったんや』と言われて……。それは嬉しかったですけどね」。

 そんな敗戦でPL学園での高校野球が終わった。当時は自分のことしか考えていなかったが、後になって事の重大さに気がついたそうだ。「それから20年後くらいにPLの(一般卒業生も含む同期生らとの)大きな忘年会があって、みんなの前で『あの時、僕が真剣に投げていれば甲子園に連れていけた。僕のせいで行けなくてごめんなさい。甲子園で人文字を作らせられなくて、すみません。ふざけて野球をやって申し訳ありませんでした』と言って謝りました」。つらいことなど、いろいろあったPL学園での生活だが、最後の試合もまた米村氏には苦すぎる思い出となっている。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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