同級生に劣等感、漏らした「野球を辞めたい」 払拭した過去…11年ぶりの頂点へ主将の決意

鳥羽・重久善健主将…中学時代に「野球を辞めたい」
回り道した分、強く、優しくなれた。第108回全国高校野球選手権京都大会が7月4日に開幕した。昨夏準優勝の鳥羽は19日、わかさスタジアム京都で行われた城南菱創との4回戦を7-2で制して準々決勝進出を決めた。同校の前身・京都二中は、現在の夏の甲子園に当たる全国中等学校優勝野球大会の初代優勝校。伝統のDNAを継ぐ鳥羽の主将・重久善健(ぜんけん)内野手(3年)は“劣等感”を払拭し、最後の夏に挑んでいる。
「久御山バッファローズ」で野球をはじめ、中学では硬式野球の「京都宇治ボーイズ」で主に捕手としてプレーした。いつもレギュラー入りするかどうかの瀬戸際に立っていたという。同世代の選手たちとの背番号争いからくるプレッシャーに押しつぶされ、父に「野球を辞めたい」と話し、グラウンドと距離を置いた時期もあった。
「まだあまり心が成長してなかったんです。あの時は本当に(野球が)上手くもなく、強豪私立で活躍するようになるチームメートが複数人いたりして、本当に周りのレベルが高くて。でも、自分は試合に出られない。そのギャップに、ちょっとしんどいなって感じて」
そんな重久のことを、心配したチームメートたちが呼び戻しに来てくれた。またグラウンドに戻ってこられたのは、切磋琢磨した仲間がいたから。とくに京都国際の長谷川瑛士内野手(3年)は特別な球友だった。

メキメキと成長し、京都で屈指の好打者へ
「幼馴染なので。小学校の野球チームが同じで、中学生になっても学校も野球チームも同じだったんです。良い刺激になったって言ったらあれですけど、彼もバッティングが良くて。1番近くにいる存在だからこそ、ちょっと憧れていたし、尊敬もしていました」
中学を卒業してからはそれぞれ別の道へ。重久も鳥羽に入学後、好打者として頭角を表す。2025年夏には松下浩司監督にリードオフマンとしてスタメン起用されるほど頼もしく育ち、同校10年ぶりの甲子園出場をかけた京都大会の決勝へ進出した。対峙したのは、幼馴染がショートを守る京都国際。3-4でサヨナラ負けし、涙を飲んだ。
夏の大会で燃え尽き、しばらくは力が入らなかったが、気持ちを切り替えた重久。鳥羽で自信をつけ、中学時代にあった劣等感はもうない。キャプテンになってから「自分がしっかり言わないとチームは良い方へ変わらない」と、考えをハッキリと伝えるようになった。両親は「家にいるときと全然違うので違和感ですよ」と声を揃えた。
開幕前、家族に「一緒に頑張ってほしい」と伝えた。母は食事を用意してくれるだけでなく、弟には「感染症をもらわないように」と注意を促すなど、重久を応援する環境を整えた。父も自主練習をそっと見守ってくれている。「勝つためには親の協力が必要不可欠です。そういうところは感謝しています」。
今の重久は、他者の優れたところを認められる。胸を張り、「あのとき連れ戻しにきてくれた仲間には感謝しています」と白い歯をみせた。初代優勝校の主将である誇りも胸に、甲子園を見据えた。まずは22日の龍谷大平安との準々決勝だ。京都国際と戦う可能性があるのは決勝の舞台。今年こそは幼馴染を超えていく。
(喜岡桜 / Sakura Kioka)