“166センチ”主将の覚悟「俺は嫌われ役だから」 背負った重圧…名門を支えた最後の夏

「上を目指すためには」――勝利を求め、自ら厳しい役回りを担った3年間
二松学舎大付は27日、第108回全国高校野球選手権東東京大会決勝で関東第一に4-10で敗れ、4年ぶりの夏の甲子園出場を逃した。それでも最後まで主将としてチームを鼓舞し続けたのが、根本千太郎内野手(3年)だった。
試合後は悔しさを押し殺すように「結構泣くのは、こらえてたんですけど…」と言葉を絞り出した。最終回の攻撃前には「意地見せるぞ」とナインを鼓舞し、敗戦後も「打者陣がみんなやってくれた。キャプテンとして誇らしかった」と仲間を称えた。今大会は全7試合に「9番・二塁」で先発出場し、17打数5安打。派手な数字ではなくても、誰よりも大きな声と背中でチームを引っ張り続けた。
今夏の登録身長は166センチ。昨秋は164センチ、今春は165センチと少しずつ体も成長してきたが、高校球界では決して大柄ではない。年末恒例の合宿では昼も夜もどんぶり2杯のご飯を食べ、約10日間で1.5キロ増量。50メートル6秒0の俊足と広い守備範囲を武器に二遊間を支え、自身も「小柄ながら泥臭いプレー」と語るように、派手さよりも献身を貫いてきた。
昨春の選抜大会で甲子園を経験し、「もう一度あの舞台へ」という思いは、誰よりも強かった。しかし、根本が本当に背負っていたのは体格のハンデではない。東東京の名門・二松学舎大付の主将という重責だった。
一番近くで見守ってきた母は、「チームを引っ張っていこうとする気持ちが強すぎて、メンバーにすごく怒ったりしていました」と振り返る。家でも話題の中心は、いつもチームのことだった。「本人も『俺は嫌われ役だから』ってよく話していて。それも、上を目指すためには、というので必死でやっていました」。と語った。勝つためなら、自分が嫌われることもいとわない。その覚悟が、名門の主将として根本が選んだ役割だった。

「優勝するから見とけ」――届かなかった約束、それでも母は「100点満点」
その覚悟を支えていたのが、甲子園で経験した忘れられない景色だった。「甲子園は素晴らしかったです。ワンプレー、ワンプレーにスタンド全体が『うわー』と響くんです。守っていて鳥肌が立ちました。それだけではなく、甲子園の前の練習、宿舎で過ごした日々がとても印象に残っています。もう一度甲子園へ行きたかった」。
主将に就任した時には「絶対甲子園に行く」と誓い、大会前には両親へ「優勝するから見とけ」と宣言した。その言葉には、自分だけではなく、仲間を再び聖地へ連れていくという強い責任感が込められていた。
夢はあと一歩で届かなかった。試合後、母は涙を流しながら神宮球場を後にし、仲間とともに引き揚げる息子たちのバスを静かに見送った。取材に応じる間も涙は止まらなかった。
それでも、息子の高校3年間を振り返ると、迷いなく「100点満点だったと思います。本当にやり切ったと思いますし、二松学舎に入って良かったなと思います」と言い切った。厳しい主将だったからこそ、家では葛藤を見せることもあった。それでも最後まで逃げることなく、自分が果たすべき役割を全うした姿を、一番近くで見届けてきたからこその言葉だった。
敗戦後、根本が最後に口にしたのは、自分の悔しさではなかった。「やる事やらないと最後になってしまうので。後輩には甲子園に絶対行ってほしいなって思います」。
自分が果たせなかった夢を後輩たちへ託し、最後までチームの未来を見つめ続けた166センチの主将。勝つために嫌われ役を選び、自ら名門の重圧を背負った3年間は、甲子園出場という結果以上に、二松学舎大付へ大きな財産を残した。
(横井洸太 / Kota Yokoi)