“最速右腕”を襲った病い「もう無理かも」 手術成功もベンチ外…託した願い「甲子園、頼む」

決勝で敗れた高松商、チーム最速右腕が諦めなかった復活
スタンドで声を枯らしながら必死になって踊るワケは――。第108回全国高校野球選手権香川大会は25日、英明の2年ぶり5回目の優勝で幕を閉じた。春季県大会を制し、4年ぶりの夏の甲子園をかけて決勝に臨んだ高松商は、延長10回タイブレークの末に5-7で敗戦。スタンド応援に徹したメンバー外の選手たちも、悔しさを堪えきれず大粒の涙を流した。
最速145キロを誇るチーム最速右腕の生藤慎之介投手(3年)もその1人だ。身長167センチながら高校1年時に140キロを計測。高い回転数を生み出す身体能力の高さに早くから期待が寄せられた。背番号「11」をつけた昨秋の県大会。英明との準々決勝に8回から登板し無安打無失点と好投したが、チームは1-3で敗れた。
手応えを掴んだ生藤だったが、すぐに別の戦いを強いられることに。昨秋、なんの前触れもなく腹部に激痛が走った。冷や汗をかくほどの痛さに「動けない。立ち上がることもできなかったんです」。生死に関わる事態に陥った。処置できる病院が県内に見つからず、実家がある岡山に戻り、大手術に臨んだ。入院を経て野球部寮に戻るも、ドクターストップのため走ることはできない。また、手術による癒着も発生し、再手術を受けた。
手術を乗り越えたが、完治には至っていない。「痛みもありながらですけど4月中には復帰して、5、6月と順調にきていたんです。けど、7月にもう1回お腹を痛めてしまいました。痛すぎて動けない状態で。安静にしてって言われて、1、2週間はトレーニングだけ。ピッチング練習はできなくて。岡山の病院には1週間に1回。最近はちょっと間隔が空いてきましたけど、今も通院しています」と、生藤がこれまでを振り返った。
「頼む、絶対に」と祈りを込めたラストダンス
春季大会期間中はいつも笑顔だった生藤。大病を乗り越え、夏こそはメンバーになる。そう意気込んだ矢先の再発に「もう完全に、夏も無理だって思いました」。背番号が手渡されていった日を「(名前を呼ばれることは)絶対にないんですけど、心苦しかったし、言い表せない感情でしたね。本当に悔しい思いでいっぱいでした」と険しい顔で心境を明かした。
ただ、夢を諦めたわけではなかった。大会前、長尾監督に「甲子園に照準を合わせて練習しろ」と言われたという。香川大会を勝ち抜けば、ベンチナンバーが変わる可能性もある。生藤は「もう甲子園、頼む、絶対にって。願うだけ、祈るだけですね」と、スタンドで応援団の最前列に立ち、踊りながら大きな声でゲキをナインへ飛ばした。
英明との決勝戦。高松商は9回に同点に追いついたが、タイブレークの延長10回、先に4点を失った。その裏、満塁まで攻めるも、追い上げはかなわず敗戦。無念の結果にスタンドは意気消沈。ベンチ入りできなかった選手たちの夢も、ゲームセットと同時に終わりを迎えた。
突然の病気に、夢の終焉。それでも生藤は前を向く。「(病気になって)もう野球やめようかなと思ったこともありましたけど、母親の支えがすごく大きくて、もう1回踏ん張ろう、次のステージに向けて頑張ろうと思えました」。痩せてしまった体が、どれほどしんどい日々だったかを物語っている。そんな闘病生活を遠方から心配し、サポートしてくれた母。感謝を伝えるまで、大粒の涙が流れる泣きっ面を、生藤は見せなかった。
(喜岡桜 / Sakura Kioka)