夏直前に骨折→握力30kg減 焦る主将にかけられた仲間の言葉…4度目の聖地で放った“2”

1年夏からレギュラー、石田雄星ラストサマーは2安打発進
苦しみを乗り越え、慣れ親しんだ舞台に帰ってきた。第108回全国高校野球選手権は大会第3日の7日、甲子園球場で1回戦4試合が行われ、第2試合は3年連続6度目の出場となった健大高崎(群馬)が八幡商(滋賀)に7-1で勝利した。「2番・中堅」で先発出場した石田雄星外野手(3年)は2安打で打線を牽引。自身4度目の出場となった甲子園でも変わらぬ輝きを放った。
初回1死からチーム初安打となる右前打。得点にこそつながらなかったものの、ベンチの緊張を解いてみせた。2回には一塁前に絶妙のバント安打。4回2死二塁では捉えた当たりを好捕されて投ゴロに終わったが、一挙6点を奪った5回は四球で出塁した。7回は中飛で4打数2安打。チームの快勝発進に「うれしい」と声を弾ませた。
「去年は初戦敗退してしまった分、勝ち切ることができて、うれしい気持ちでいっぱいです。去年や一昨年までとは違ったうれしさがあります。一番先頭に立って、校歌を歌って、挨拶もしましたし、甲子園で1勝できて、ホッとしたというか、素直にうれしい気持ちが大きいです」
2024年の選抜を制した強豪に入学し、同年夏は1年生ながら優勝メンバーを押しのけて中堅のレギュラーを奪取した。2年春夏と3季連続で甲子園の土を踏み、2年秋に新チームが発足すると主将に就任した。だが、秋の群馬大会は準々決勝で敗れて春の切符を逃し、「どん底を味わった」と振り返る。
「新チームが動き出した当初は『自分がやらないと』という気持ちが強すぎて、自分勝手なプレーというか、『自分が自分が』というような感じのプレーになってしまっていたんです。部長先生や監督さんからずっと『もっと周りに頼れ』というようなことを言ってもらっていました」
チームメートの誰より甲子園を経験してきた主将は、強い責任感を胸に今春、U18日本代表候補にも選出されたが、さらなる苦難に見舞われる。夏の群馬大会が迫った6月に右有鈎骨を骨折したのだ。焦りはあった。しかし「仲間から『俺たちが勝ち上がっていくから、お前はゆっくり怪我を治して戻ってこい』と声をかけてもらった」と、チームメートを頼ることを覚え、リハビリに努めた。

骨折で握力が大幅ダウン、打撃フォーム変更
プロも注目する右投げ左打ちの巧打者は、骨折の影響で右手の握力が77.5キロから47キロまで大幅ダウン。テニスボールを使ったトレーニングで握力の回復を図りつつ、それまで右手に頼りがちだった打撃スタイルを見直し、左手で押し込む新打法に着手した。
「今までは金属バットでしか打てないようなフォームでした。これから高いレベルでやるために、木製バットに対応するためには、左手を使うようにならないといけない」。新打法に取り組み、スタメン復帰したのは東農大二との群馬大会準々決勝。ガッツあふれるプレーを見せ、春は逃した甲子園出場を果たし、再び聖地に戻ってきた。
まだ握力は戻っていない状態で「試合の後半になると、だんだん握力が衰えてくる」と説明。この試合でも後半の2打席は鋭い打球ながら凡退し「あまり自分の形で打てなかった」と納得していない。マルチ安打にもかかわらず「自分のゾーンで、自分が打てるところをしっかり打ちにいけたら、もっと率を残せる。きょうは2安打しか打てなかった。もうちょっと自分の中ではいけたなと思います」と貪欲だ。
祖父の石田真さんは1972年ドラフト1位で阪急に入団した右腕。石田雄星が生まれる前に亡くなったが「祖父がプロ野球選手だったのは小さい時から聞いていて、自分もずっと目指していた。おじいちゃんと同じ景色を見たいという思いでやってきたので、いずれはプロ野球に行きたい」と将来的な夢を口にする。
まずは次のステージとして大学進学を見据える。「今回の甲子園でもそうですし、大学でも日本一になりたい。自分的には東都を考えています。そのためにもフォームを定着させたい」。最上級生として、主将として確かな成長を示しており、スタンドで見守った父・功さんも「背負っているものがあるのでプレッシャーはあると思いますけど、いいプレーができています」と目を細めた。
昨夏は初戦だった京都国際との2回戦で敗退。夏は意外にもベスト8が最高だが、今夏目指すのはもちろん頂点だ。「経験値としては自分が一番大きい。きょう甲子園に入る前に全員に共有できたので、それが結果につながったんじゃないかなと思います。最後まで自分たちの野球ができればいい」。昨秋どん底の敗戦を経験し、大きな怪我を乗り越えてたくましさを増した石田雄星を中心に、日本一に向けた力強い進撃が始まった。
(尾辻剛 / Go Otsuji)