落合監督の“肝いり選手”より「使えると思います」 腹括ったスカウトの進言…生まれた名球会打者

2023年に通算2000安打…大島洋平のドラフト指名に尽力した米村明氏
NPB2000安打を放った名選手も発掘した。元中日左腕の米村明氏は、2001年オフから大阪駐在スカウトとして手腕を発揮した。2009年ドラフト会議では5位指名した日本生命・大島洋平外野手の獲得に尽力したが、当時の中日・落合博満監督に進言し、受け入れてもらったことが大きかったという。「落合さんは大島を1年目の開幕から使ってくれましたからね。感謝しています」と話した。
2009年ドラフトを前にして、日本生命・大島を獲りたい米村氏は落合監督に「『野本(圭外野手、2008年ドラフト中日1位)より、いい選手がいますけど、どうされますか』と聞いたんです」という。「そしたら、落合監督は『ヨネ! 大島ってそんなにいい選手なのか』って。僕が『野本より使えると思います』と答えると『そうか、そんなにいい選手だったら獲ろう』と言われてね。それで獲ったんです」。
失礼を承知で野本の名前は敢えて出したという。「そう言わないと獲ってくれないと思ったんです。『(2008年ドラフトで)野本を獲ったから大島はいいよ』ってなるかもしれないじゃないですか。だから、『足は速いし、肩は強いし、バッティングはシュアだし、野本より確実にいいです』とも言いました。言いづらかったけど大島は野本と同じ駒大出身。(当時の中日ヘッドコーチ)森(繁和)さんも駒大(OB)だし、断られないだろうと。大島は(中日の地元・愛知の)享栄(出身)ですしね」。
2008年ドラフトのいきさつも関係していた。中田宗男スカウト部長をはじめ、スカウト陣が東海大相模のスラッガー・大田泰示内野手(元巨人、日本ハム、DeNA)を1位に推したが、落合監督は日本通運の野本を「1位でいってくれ」の一点ばり。「中田部長は『それなら僕を罷免してください』とまで言われました。(西川順之助)球団社長が『僕に免じて話を進めてくれないか』と言って中田部長も了承し、野本1位が決まったんですけどね」。

落合監督の懐の深さに感服「差別なく使う」
楽天も野本を1位指名したが、中日が抽選で交渉権を獲得した。そんな落合監督の“肝いり選手”がいるにもかかわらず、翌年のドラフトで同じ左打ちの外野手・大島を指名するには、米村氏もある程度、腹を括って指揮官と話をしなければいけないと考えた。言い換えれば、それくらい大島に惚れ込んでいた。「あの年(2009年)の6月に大島は右手首を骨折したんです」。故障明けでもあったが、そんなことも全く気にしていなかったそうだ。
「日本生命のマネジャーに『大島の怪我が治ったら教えてくださいね』とお願いしていたら『米村さん、今日(試合に)出ますよ』と電話がかかってきたので『じゃあ、今から(日生グラウンドに)行きます』と言ってね。その時、僕は別の場所にいて途中からしか見られないのはわかっていましたが、ちょうど中田部長も来ていて一緒に行きました。着いたのは7回くらいかな。ランナーセカンドでセンターの大島のところに打球が飛んできたんです」
大島は矢のような送球で走者を刺したという。「中田部長は『おお、肩もええな、足もあるやないか』と。その後、バッティングも見たらカーンと二塁打ですよ。結構しつこく見るタイプの中田部長が『ヨネ! 帰るぞ。(日本生命に)獲るって言っとけよ』って。で、僕はその帰りに『獲りますのでよろしくお願いします』と伝えたんです」。この流れを万が一でも落合監督にひっくり返されるわけにはいかない。その思いが米村氏を突き動かしていたわけだ。
「落合さんは大島を獲ってくれただけじゃなく、1年目から開幕1軍で使ってくれましたからね。自分で野本を獲ったんだから、普通はそんなふうにはしないですよ。でも、あの人はしたんです。選手を差別なく使うのが落合監督だったし、僕は感謝しています。大島は(2023年に)2000安打も達成しましたしね」。思い切って落合監督に“進言”し、ドラフト5位で獲得した大島が名球会入りを果たす名選手になった。「そりゃあうれしいですよ」と米村氏は目を細めた。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)