甲子園を前に1番”剥奪”「悔しさはあった」 沖縄尚学で感じた重圧…右腕明かすエースへの思い

昨夏王者・沖縄尚学は横浜に敗れ初戦で聖地を去った
ライバルであり頼りになる戦友。昨夏の主役が早くも聖地を去った。第108回全国高校野球選手権大会の第6日は10日、甲子園球場で1、2回戦の4試合が行われ、第2試合で沖縄尚学と横浜(神奈川)が激突。連覇を期した沖縄尚学は、相手エースの織田翔希投手(3年)を打ち崩せず2-7で敗れた。
昨夏に続きエースナンバーは末吉良丞投手(3年)が、背番号10を新垣有絃投手(3年)が背負った。さらに速球派左腕の久高大瑚投手(3年)を加えた“3本柱”とチーム打率.350を誇る強力打線で県大会を勝ち上がってきた。
満を持して先発のマウンドにあがった末吉だったが、3回3失点で降板。後を受けた久高は4、5回を無失点に抑えたものの、6回につかまり一挙4点を失った。6点ビハインドとなった6回2死一、二塁の場面で、比嘉公也監督は新垣をマウンドに送った。
「空振りを全然しなくて、全部当てられていました」。横浜打線の技量の高さに驚きつつも、右腕の胸中は冷静だった。「丁寧にコースを間違えずに投げようという意識で投げていました」。勢いに乗る強力打線を相手に打たせて取る投球。3回1/3をテンポ良い無失点。7、8、9回はいずれも3者凡退に抑えた。その裏、新垣の好投に応えるかのように1点を返した打線だったが、反撃はここまでだった。
「沖縄尚学の校歌を聞きたかった」。横浜の校歌が流れる中、新垣はベンチ前で泣き崩れた。その涙の裏には甲子園前の“エース降格”、末吉やチームに対する思いがあった。

甲子園前の背番号変更には“葛藤”も
最後の夏、新垣にはかつてない“重圧”がのしかかっていた。エース末吉が4月に左ひじを故障、夏が迫る一方で調子が上がり切っていなかった。比嘉監督は県大会で新垣に背番号1を託す決断を下した。
「末吉が投げられない中で、やっぱり自分がしっかりしないといけないなという、責任を感じていました」
名門校のエースナンバーを背負う者にしか分からない責任と重圧。決意と背番号を新たに、最後の夏へ挑んだ新垣。しかし、決意とは裏腹に苦悩の日々に直面した。速球の球速が思うように上がらなかったのだ。準々決勝の糸満戦以外は先発を久高に譲っていた。
2年連続となる夏の甲子園出場を決めた喜びも束の間、新垣を待ち受けていたのは“エースナンバー変更”の報だった。県大会決勝で復活の兆しを見せた末吉が背番号1に復帰し、新垣は再び10番を背負うことになった。
「チームメートであり良いライバルです」。入学早々に頭角を現していた末吉を新垣は強く意識していたという。それだけに、背番号1を“勝ち取った”際の喜び、そして甲子園を前に“奪われた”思いが胸中を占めた。
「もちろん悔しさはありましたが、チームや末吉のために頑張ろうと切り替えました」
与えられた仕事をこなしてチームに貢献する。聖地でエースナンバーを背負うことこそ叶わなかったが、17歳は現実を受け入れ、気持ちを切り替えた。そして迎えた横浜との初戦。劣勢の中でも自らの役割を全うした。
自身の進路については大学進学を明言。「レベルアップして、4年後のプロ入りを目指して頑張ります」。悔しさをバネに次のステージでの活躍を誓った。
(井上怜音/ Reo Inoue)