伝説の死闘のベンチ内で「お前と縁を切る」 名将が突然の激怒…横浜高OB語る甲子園の“最悪”

後藤武敏氏は横浜高で春夏連覇を達成
伝説の試合は“苦い記憶”だという。西武、DeNAでプレーした後藤武敏氏は横浜高時代、松坂大輔氏らとともに1998年の甲子園で春夏連覇を達成した。ポッドキャスト番組「Full-Count LAB―探求のカケラ―」では、延長17回で決着がついたPL学園との夏の準々決勝中に渡辺元智監督から「お前とは縁を切る」と言われた壮絶な舞台裏を明かした。
「僕の野球人生で全部の悪いものが最も出た試合だったんです」
犠打は失敗し、打っては7打数無安打。守備でも延長戦で失点に繋がるミス。試合は何とか勝てたが、3番打者として貢献することは何もできなかった。しかも延長10回での三振後、ベンチに戻ると名将からまさかの一言が告げられていたのだという。
「鬼の形相で『おい、お前ちょっと来い』と呼ばれたんです」。ただならぬ雰囲気のなか「俺は3年間、お前をそうやって育てた覚えはない。お前がそういう態度をとるんだったら、もう俺はお前と縁を切る!」と、一方的に伝えられた。
渡辺監督はそのまま、後藤氏へ代打を出そうと別の選手の名前を大きな声で連呼。しかし、その選手はスタメンで出場し途中で交代していた。百戦錬磨の名監督が冷静さを失うほどの怒りだった。どうやら、後藤氏が打席内で足元の土をならした仕草が、結果を残せない苛立ちも伴って、球審の判定を不服に感じて土を蹴り上げたように見えてしまったのだという。

「甲子園は不思議な場所でした」
結局、試合には出場し続けたが「あの炎天下の甲子園の中で、ベンチで言われていたんです」と苦笑した。後藤氏にとっては“悪夢”となった伝説の死闘だったが、0-6から逆転勝利を成し遂げた準決勝の明徳義塾戦では9回に同点打など3安打3打点をマークした。
「今度はああやってタイムリーを打てる。なんていうか……甲子園は不思議な場所でしたね」
実は1998年の夏は県大会で腰を痛め、痛み止めの注射を打ちながらプレーしていた。「あまり効かなくて、息を吸うだけで痛かったんです。でも甲子園に行ったら残り数試合。もう腰が砕けて野球できなくなってもいいや、と思ってやっていました」。18歳が覚悟をかけて戦った聖地。すべての選手にドラマがある。
(Full-Count編集部)