横浜・渡辺元智監督の“哲学” OBに紡がれる座右の銘…「目標がその日その日を支配する」

準々決勝のPL学園戦を終え、250球投げた松坂大輔(左)をねぎらう横浜・渡辺元智監督【写真:アフロ】
準々決勝のPL学園戦を終え、250球投げた松坂大輔(左)をねぎらう横浜・渡辺元智監督【写真:アフロ】

松坂大輔ら多くのプロ野球選手を輩出した横浜高の名将

 横浜(神奈川)の元監督で、甲子園通算51勝を挙げた渡辺元智さんが、17日に81歳で亡くなった。関係者からこの日の朝、知らされた時、私は胸が締め付けられた。

 たくさんのことを教わった。コーヒーを飲みながら甲子園の試合について戦術や考え方などを聞いた貴重な時間……渡辺さんの声がもう聞こえることはないのか――。

 横浜高の室内練習場に掲示され、OBの方々が座右の銘にしている言葉がある。

「目標がその日その日を支配する」

 渡辺さんが選手たちに繰り返し伝えていた、この言葉の真意を聞いたことがある。横浜高の創立者で、当時の校長だった後藤静香さんという大正時代の思想家の詩に由来する。

 十里の旅の第一歩、百里の旅の第一歩。三笠山に登る第一歩、富士山に登る第一歩。同じ一歩でも覚悟が違う。どこまで行くつもりか、どこまで登るつもりか。目標がその日その日を支配する。

 毎日の一歩は、その先にある目標によって意味が変わるということだ。

 監督就任当初、渡辺さんの目標は同じ神奈川のライバル校・東海大相模の原貢監督にあった。名将として知られたその存在を打ち破ること。それが若き監督の野望だった。

PL学園との延長17回、明徳義塾戦の逆転劇にも通じる意識

 1972年秋の関東大会。決勝で江川卓を擁する作新学院(栃木)に敗れた。原貢監督への挑戦は叶わず、新たなライバルが現れたのだ。だが準優勝だったからこそ、初の甲子園となる選抜出場が決まった。

 渡辺さんは言った。「原貢でやってきたことが生きた。だから、“打倒江川”は原貢から置き換えてそんな抵抗はないと思ったね」。

 目標は置き換わる。ただ、それまでの努力は無駄にならない。江川という新たな目標が現れた時、選手たちの心はすでに準備ができていたという。勢いそのままに、73年の選抜で初出場初優勝。一気に全国的強豪校への道を切り開いた。

「あの時はね、全国優勝という言葉を毎日毎日、何回唱えさせたか。言葉というのは言霊として浸透していたね……」

 1に全国優勝、2に全国優勝、3に全国優勝。その言葉が選手たちの心に浸透し、体に染み込む。目標が日々を支配すれば、行動は必然になり、結果は追ってくる。

 1998年、松坂大輔さんが3年生の時もそう。後に延長17回の死闘を演じることになる準々決勝・PL学園(南大阪)との対戦を控え、渡辺さんは選手たちに告げた。帽子に「打倒PL」と書くな、と。「打倒PL……? 冗談じゃない。PLがなんだ、全国優勝、連覇だ」

 相手を意識させるのではなく、自分たちの目標に意識を統一させる。心を支配するべきは、敵ではなく自分たちの目標だ。PL学園戦の激闘を経て準決勝・明徳義塾(高知)戦の逆転劇が生まれたのは、この哲学が体に染み込んでいたからだ。

厳しい練習も…選手を思う優しい眼差し

 練習は苛烈だった。グラウンドに立つ渡辺さんの目は鋭く、選手たちは限界まで追い込まれた。だが、その厳しさの先に見ていたのは勝敗だけではない。

「最高のものを目指していくその過程がすごく大事。もしそれがダメであっても、人間として磨かれるし、他の業界に行ってもすごく偉くなるというんじゃなくて人生全うできるんじゃないかなという発想ですね」

 今、スマートフォンに支配され、SNSに揺さぶられ、明確な目標を持たぬまま流されていく人も多いと聞く。だからこそ、渡辺さんの教えは響くのではないか。確固たる目標を持てば、今日一日の過ごし方が変わる。同じ一歩でも、覚悟が違う。

 取材を通じて、忘れられない話がひとつ。ある日、このあと米国へMLBの取材に向かうことを渡辺さんに伝えると「お願いがあるんだ」と言われた。監督と関係性の深い選手へ、メッセージを書いた手紙を託された。私は渡米後、監督の思いを持ってその選手に手紙を渡した。

 中身は見ていない。でも監督からは「体を大事にしなさい」とそういった類の内容だったと聞かされていた。野球選手も体が資本。目標に向かおうとする者は、まず体を整えなければならない。その選手は、今も米国の舞台で戦っている。自分に厳しく、目標を持ち続けているように映る。渡辺さんは目標に突き進む姿を温かい目で見守っていた。グラウンドでは鬼のような厳しさを持っていても、心優しい人だった。

 横浜高を退いた晩年も、健康のためプールに通うなどトレーニングを続けていた。80代になっても、生きる目標を手放さなかった。取材依頼をするためにかけた電話が最後になってしまった渡辺さんは8月17日、新たな世界へ踏み出していった。

 その一歩がどこへ向かうのかはわからない。でも、目標を持ち、一歩踏み出すことの重さを教わった者たちが、今日もどこかで目標に向けて進んでいる。グラウンドで、職場でも、海の向こうでも……。その一歩の先に何を見て進むのか。渡辺さんから教わった目標を持つことの大切さを、後世にも伝えていきたい。

(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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