「お前が最後の打者で良かった」 初出場が甲子園決勝9回2死…仲間と監督に愛された“12番”

チームで唯一出場がなかった健大高崎・小原快晴が代打で登場
第108回全国高校野球選手権大会は22日、甲子園球場で決勝が行われ、健大高崎(群馬)が3-4で智弁和歌山に敗れ、優勝にあと一歩届かなかった。9回2死一塁、チームでただ一人、今大会出場機会がなかった小原快晴捕手(3年)が、青柳博文監督に送り出される形で甲子園の土を踏んだが、空振り三振で最後の打者となり「結果で応えることができなかった」と涙を流した。
背番号「12」のブルペン捕手、小原は準決勝までの5試合で6人の投手を起用したチームを影で支えてきた。県大会を含めると甲子園準決勝までの10試合で、ベンチ入りメンバー20人中19人が起用されていたが、小原だけは出番がなかった。
チャンスは夏の甲子園決勝の大舞台。1点を追う9回2死一塁の場面で訪れた。ブルペンにいた小原に対し、青柳監督から「最後、打席立ってこい!」と声をかけられた。「緊迫した場面だったので、勝負のことを考えてしまいました」。大歓声に包まれた甲子園を楽しむ余裕はなかった。
智弁和歌山の久葉亮太投手(3年)から見逃しと空振りで、2球で追い込まれたときだった。主将の石田雄星外野手(3年)がタイムをかけると、ネクストバッターサークルに小原を呼び寄せて声をかけた。
「どんな結果になってもいいから、お前の思う通りにやってこい」
なぜその言葉を伝えたのか。石田は言う。「小原は声でみんなを引っ張ってくれる役割だった」。ずっとチームを支えてくれたからこそ、たとえ勝敗が決まったとしても、“最後の打席”に立った小原に、悔いが残ってほしくなかった。
小原はファウルのあとの4球目で空振り三振。下を向いてうなだれるなか、智弁和歌山のナインはマウンドで輪を作っていた。ベンチに戻ると泣き崩れる仲間もいるなか、小原は「試合が終わった後にメンバーのみんなから『お前が最後のバッターで良かった』と言ってもらえました。この仲間と野球ができてよかったなと思います」と語った。

小原を送り出した青柳博文監督「投手陣の心の支えになった」
「小原がいなかったらこのチームはない。黙々と球を受ける姿っていうのは、本当に投手陣の心の支えになった。苦労して投手陣を支えてくれた」。最後の場面で送り出した青柳監督は、チームの“黒子”に徹し続けた小原への感謝を述べた。
新チーム発足後に挑んだ秋の県大会では準々決勝で桐生第一に敗れ、6年ぶりに秋の関東大会出場を逃した。石垣元気投手(ロッテ)や佐藤龍月投手(オリックス)らプロ野球選手を輩出した1つ上の世代と比較され、「谷間の世代」と揶揄されたこともあった。
「自分たちの代はどん底を味わってから冬の練習が始まって、『絶対に勝ってやろう』っていう気持ちを持って練習を続けてきました。その絆が最後の決勝まで来ることにつながったのかなと思います」
小原は卒業後、進学して準硬式で野球を続けるという。「これ以上の大きい舞台っていうのは、先の人生でないと思う。甲子園の打席に立ったからこそ自分に自信を持ちたい。あれ以上の緊張っていうのは今後しないと思うので、その経験を生かしていきたいです」。
陰でチームを支え続けてきたからこそ、野球の神様は最後に甲子園での打席という特別なプレゼントを与えたのかもしれない。