大谷翔平のどん底の日々を救った“家族の温もり”「左手で頑張ってました」 明かした苦悩…世界一へ見えた光
3度目の世界一の称号へ、ポストシーズンに挑むドジャース・大谷翔平【写真:荒川祐史】地区シリーズ開幕前に記者会見…負傷による苦悩を明かした
満員の報道陣で埋め尽くされたドジャースタジアムの会見場。ブレーブスとの地区シリーズ開幕を翌日に控えた2日(日本時間3日)、マイクの前に腰を下ろしたドジャース・大谷翔平投手の表情には静かな自信が宿っていた。
「普通にバッティング練習したり。ライブBPとか紅白戦だったり。いい感じで休みも取り入れながら、充実した数日間だったと思う」
今季の大谷にとって、9月は試練の連続だった。11日(同12日)、右上腕二頭筋の炎症によって移籍後初となる15日間の負傷者リスト(IL)入り。23日(同24日)の本拠地・パドレス戦で復帰を果たしたものの、レギュラーシーズン最後の5試合では21打数5安打1打点、8三振。移籍後ワーストとなる18試合、86打席連続本塁打なしで終え、本来の圧倒的な打棒からは程遠い成績に終わっていた。
右上腕と左膝の負傷。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)から始まった長く過酷なシーズンで、春先からフルスロットルで走り続けてきた代償は決して小さくはなかった。スイング時の加速やストップの際に生じる激痛。試合に出たいという強い情熱と、上がらないパフォーマンス。「最低限、試合に出るということが自分の最低限の仕事の一つだとは思っている」と語る大谷にとって、自らの意思に反して休養を選ばざるを得なかった日々は、決して受け入れやすいものではなかったはずだ。
アンドリュー・フリードマン編成本部長との話し合いも重いものだった。「コミュニケーションは、はっきり『ポストシーズンに向けて何がベストなのか』っていうところの1点だった」。強行出場を続けるべきか、一度立ち止まって体調とメカニクスを整えるべきか。苦渋の決断の末、両者の意見は「ILに入ることがベスト」という結論で一致した。
常に高みを求めるスーパースターにとって、思い通りに身体が動かないもどかしさは計り知れない。「早く解決策というか、良くなる一つの答えみたいなものを早めに見つけたかった」。試行錯誤を繰り返しながらも、手探りの暗闇を歩むような日々。「痛いと言いながらプレーすれば気分的に良くない。痛いのが好きな人はいないと思うので」。苦笑いを交えながら漏らしたその言葉には、手負いのまま戦い続けた男の本音が滲み出ていた。
会見で明かした怪我の苦悩【写真:荒川祐史】負傷者リスト入りで戦線離脱…自宅で過ごす時間が増えた
しかし、この試練の期間は、大谷に思わぬ「癒やし」と「変化」をもたらすことにもなった。
フリー打撃では135メートル弾を放った【写真:荒川祐史】会見後のフリー打撃では135メートル弾、ライブBPでは弾丸二塁打を放った
(小谷真弥 / Masaya Kotani)