練習漬けで「腰の皮がむけた」 コーチから“最後通告”…1勝→翌年19勝で最多勝

元阪急・山沖之彦氏【写真:山口真司】
元阪急・山沖之彦氏【写真:山口真司】

山沖之彦氏は5年目を1勝5敗で終えると“練習漬け”のオフへ

 元阪急・オリックスの主軸投手・山沖之彦氏はプロ5年目の1986年を14登板、1勝5敗の成績で終えた。6月中旬に右肘痛で離脱。シーズン終盤の9月には何とか復帰できたものの不本意すぎる数字だった。当然、このままでは終われない。何としても巻き返さなければ、ということで、オフは中沢伸二バッテリーコーチにチェックされながら、“練習漬け”の日々。その様子を見に来た山口高志投手コーチには“激辛ハッパ”もかけられたそうだ。

 1勝5敗で終えた1986年。山沖氏は「あの年のオフがプロに入って一番練習したかもしれない」と話す。「ずーっとやっていましたからね、練習を。ボールを持たずに4時間くらい走ったり、腹筋をやったり、いろいろとね。まぁ、やったというか、やらされたというか……。(1985年に引退した元捕手でバッテリーコーチの)中沢さんがずっと(練習に)ついてくれていたんです」。かつて何度もバッテリーを組み、気心も知れた中沢コーチの目が光る中、黙々と取り組んだ。

「毎日、最初に(グラウンドを)15周走る。ほんで、いろいろやって、最後にまた15周。最初と最後は決まっていた。どれだけ(練習終わりが)遅くなっても最後に絶対15周走った。腹筋をやって腰の皮はむけていましたけどね。で、1日だけ中沢さんが『来れない日がある』となって『自分でやりますから大丈夫ですよ』と言ったら『山口(投手コーチ)に頼んでいるから大丈夫や』って。『えっ、自分はそこまで信用ないんですか』と言うと『ない!』って(笑)。そんなもんかと思いましたけどね」

 その中沢コーチの“代理”で来た山口コーチにゲキを飛ばされた。「『お前、こんだけやって来年(1987年)どうするんや? こんだけやって、来年駄目やったら、もう来年のオフはないぞ!』と言われました。“えーっ!”って思いましたよ。そこまでの危機感は自分になかったし、そういうふうに、とられているとは思ってもいなかったんでね」と山沖氏は話したが、自然と気合も入ったのだろう。オフの練習を“完走”して、プロ6年目、1987年の高知キャンプに臨んだ。

 右肘の状態も問題なかったという。「キャンプに(パ・リーグ広報部長でドラフト会議の司会でも知られた)パンチョ伊東(伊東一雄)さんが来られて『今年は調子がいいみたいだね』って言われたんです。その時、(阪急エースの)山田(久志)さんや今井(雄太郎)さんもいてね。山田さんは『こいつは今年、去年の倍は勝ちますから』と言われたんですよ。パンチョさんは去年、自分が1勝だったことを知らんかったんでしょうね。『そうか、そんなに勝てるかぁ』って」。

中日からの捕手とのコンビが「よかった」

 山沖氏は笑いながら「まぁ、その時はもう(右肘も良くなって)投げられるという余裕もあったのかもしれない。そんなことで、いじられても何とも思わんかったからね」とも振り返った。オフの鍛錬によって自信も取り戻して、キャンプ、オープン戦も順調にクリア。復活の先発ローテーション入りを果たし、前年1勝からの巻き返しのシーズンが始まった。開幕5戦目の4月15日の西武戦(西武)戦に先発した。

 そこで力投した。1-0の9回表に秋山幸二外野手の同点アーチを被弾したものの、10回途中、1失点投球で復調を感じさせた。試合は延長11回、阪急・山森雅文外野手のサヨナラ3ランで4-1、勝利投手は2番手のアニマル・レスリーだった。「(開幕)5戦目に(先発で)行っているということは、そんなに期待されておらず、様子見の感じだったと思う。だから秋山に同点ホームランを打たれたけど、そこまで何とか投げていたから、次も先発させてくれたんじゃないかなぁ」。

 4月は3試合に先発し、2勝0敗、防御率2.49と好スタートを切った。だが、5月5日の南海戦(大阪)で2回2/3、4失点で敗戦投手。中13日で先発した5月19日の日本ハム戦(後楽園)も2回5失点でKOされて2敗目と嫌な展開になった。「あの時はムチャクチャ調子がよかったんだけど、点を取られて……。それで(上田利治)監督は次(の先発)からキャッチャーを代えたんですよ。藤田(浩雅捕手)と組んでいたのを内田(強捕手)にしたんです」。

 上田監督から任されたのは中1日での5月21日の日本ハム戦(後楽園)の先発マウンドだった。相手も場所もKOされた2日前と同じ。違ったのは、開幕前の3月に岩本好広内野手との交換トレードで中日から移籍してきた内田捕手とのコンビになったこと。それだけだったが、山沖氏は8回1/3、無失点の“リベンジ投球”で3勝目をマークした。「リズムがよかったってことで、それから自分の時は(捕手が)内田になったんです」。

 この捕手変更の上田采配が大当たりで山沖氏は、その後、勝ち星をどんどん増やしていった。前半終了時点で9勝をマークしてオールスターゲームにも監督推薦で初出場。9月には5勝を挙げて月間MVPも初受賞した。前年の“19倍”のシーズン19勝で最多勝のタイトルも手に入れた。まさに前年オフの“練習漬け”からの大復活劇となった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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