大反対の妻と義実家に「駄目なら何でもする」 入団拒否から決意…腹括った“3年間”|球界群像 熊野輝光#12
大反対の妻と義実家に「駄目なら何でもする」 入団拒否から決意…腹括った“3年間”|球界群像 熊野輝光#12
全裸で聞いた絶叫「勝ったぞぉ!」 9回に痛恨被弾も…窮地救った激レア“13文字”
痛い出来事も乗り越えた。191センチの長身右腕・山沖之彦氏(元阪急・オリックス、阪神)は、プロ2年目の1983年に15勝をマークした。1年目の7勝からのジャンプアップとなっ…
「明日雨やから」コーチの一言で狂った夜 ドラ1右腕を襲った罠…記憶喪失の“悪夢”
1981年ドラフト会議で阪急に1位指名された山沖之彦氏は、プロ1年目(1982年)に30登板、7勝15敗1セーブ、防御率3.84の成績を残した。史上初の新人投手で開幕戦セー…
ドラ1入団も…待っていた衝撃「あ、無理」 キャンプで苦痛だった1時間半、悟った“現実”
衝撃を受けた。長身右腕の山沖之彦氏(元阪急・オリックス、阪神)は専大から1981年ドラフト1位で阪急に入団したが、いきなり「“あ、これは無理”と思った」と話す。1982年1…
1球団だけ指名拒否「行きません」 険悪なはずが…4年後に待っていた結末「外れやろ」
元阪急・オリックス、阪神投手の山沖之彦氏は1981年11月25日のドラフト会議で阪急から1位指名されて入団した。当初は専大から、出身地・高知の社会人野球・四国銀行に進む考え…
ドラフト15日前…人生を狂わせた東京⇔高知「言われるのも嫌」 銀行内定ドタキャン「しゃくにさわった」
191センチの長身右腕・山沖之彦氏(元阪急・オリックス、阪神)は専修大時代、エースとして活躍した。1981年の4年秋は7勝を挙げて、東都リーグ制覇に貢献した。1977年春の…
練習で自ら骨折「やってられん」 先輩の「誰や」に自暴自棄…それでも殴られた2年生エース
あまりの出来事に……。高知県立中村高から専修大に進学した山沖之彦氏(元阪急・オリックス、阪神投手)は1979年の大学2年春の東都大学リーグで2部転落の屈辱を味わった。専大は…
プロ拒否も…破談になった法大進学 コンクリ2時間正座は「当たり前」、サイン首振りは“不可能”
元阪急・オリックス、阪神右腕の山沖之彦氏は1978年、高知県立中村高を卒業し、専修大学に進学した。当初は法政大に“内定”していたが、高校3年の1977年12月になって、中村…
スカウトにブチギレ「どこにも行きません」 プロ“お断り”決意…強烈に拒んだ1球団
思わず口にしてしまった。1977年、高知県立中村高3年の山沖之彦氏(元阪急・オリックス、阪神投手)は春の選抜準優勝右腕となってブレークし、プロからも逸材としてマークされた。…
選抜準V→県初戦敗退で「監督とコーチが丸刈り」 想定外の結末に謝罪「負けるはずはないと…」
高校生活最後の夏は“まさか”で幕を閉じた。1977年、春の選抜準優勝の高知県立中村高エースだった山沖之彦氏(元阪急・オリックス、阪神)は、その年の夏に甲子園へ戻ることはでき…
甲子園決勝の直前…相手監督が問題発言「後から聞いたんですけど」 決まっていた結末
1977年の「第49回選抜高等学校野球大会」で山沖之彦氏(元阪急・オリックス、阪神)は甲子園準V右腕になった。部員数12人で“二十四の瞳”と称された初出場の高知県立中村高の…
甲子園で感じた“違和感”「うわぁ、これも」 拡大するゾーン…快勝続けた一因
元阪急・オリックス、阪神投手の山沖之彦氏は1977年の選抜高等学校野球大会で、部員数12人の“二十四の瞳旋風”を巻き起こした高知県立中村高のエースだった。春夏通じて甲子園初…
「見に来い」「いや、いいです」…練習見学拒否も 騙された15歳「お前、今日から野球部や」
半ば強制的に……。阪急・オリックスで2桁勝利を5度マークするなど通算112勝を挙げた山沖之彦氏は1975年、高知県立中村高校に入学したが、当初は野球部に入るつもりはなかった…
与四球30で「もうボロボロ」 最多勝右腕が味わった“地獄”「野球やる気なくなりました」
阪急・オリックスで通算112勝を挙げ、最多勝に輝くなど活躍した191センチの長身右腕・山沖之彦氏は1973年、高知・黒潮町立大方中学2年になって軟式野球部に入った。中3時に…
「嫌いだったんですよ、プロ野球中継が」 ドラ1右腕が激白…耳にした“噂”「何人か亡くなった方が」
1984年に最優秀救援投手、1987年に最多勝と先発でも抑えでもタイトルを獲得したのが元阪急・オリックス、阪神投手の山沖之彦氏だ。高知県立中村高では1977年春の選抜準優勝…
日本代表選出直後に絶望「力入らない」 腕上がらず全欠場…カナダで待っていた“悪夢”|球界群像 熊野輝光#8
1985年のパ・リーグ新人王に輝いた元阪急外野手の熊野輝光氏(四国IR・香川オリーブガイナーズ監督)は中大から日本楽器(現ヤマハ)に進んだ。社会人1年目(1980年)から三…
ドラ1指名なのに…知ったのは2週間後 「知りたいと思わなかった」パーティー三昧の日々|球界群像 山口高志#9
社会人2年目にきっちり結果を出してプロの世界に飛び込んだ。1974年11月19日のドラフト会議で、松下電器の山口高志投手は阪急(現オリックス)からドラフト1位指名を受けた。…
「腹筋、背筋で死んだヤツはおらん」 冬でも海岸ダッシュ…大投手生んだ“田舎の環境”|球界群像 山口高志#2
日本球界で最も速い球を投げたとも言われる伝説の右腕、元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は、神戸市立神港高校時代から片鱗を見せ…
「女の子ばかり」不登校に追い込まれた高校生活 両親が呼ばれ発覚…孤独だった剛腕投手|球界群像 山口高志#1
うなる剛速球で一世を風靡したのが元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏だ。身長169センチの小柄な体を感じさせない全身フル活用の、“上から叩く”フォームによって投じられたス…
味方を殴打でボコボコ「常軌を逸した男」 突如として米注目…関西で愛された元助っ人
1986、87年に阪急ブレーブスで活躍したアニマル・レスリー投手が、突如として米国で注目を集めている。「ピッチング・ニンジャ」の愛称で知られる投球分析家ロブ・フリードマン氏…
勝利球を観客席に放り投げられた“悲劇” 元阪急右腕が思い出す「助っ人アニマル」
プロ野球選手にとって、初勝利や初本塁打のボールは大事な記念品。よくヒーローインタビューで「両親にプレゼントします」と初々しく答える光景は、見ていても微笑ましい。そんな大切な…
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