8日間で先発3度…コーチに「狂うじゃないですか」 驚きの被弾、届かなかった20勝「萎えた」

元阪急・山沖之彦氏【写真:山口真司】
元阪急・山沖之彦氏【写真:山口真司】

山沖之彦氏は1987年に19勝で最多勝のタイトル獲得

 大躍進のシーズンになった。阪急(現オリックス)右腕の山沖之彦氏は1987年、キャリアハイの19勝をマークしてパ・リーグ最多勝に輝いた。この年も思い出がいっぱい。オールスターゲームに初出場し、9月は短い登板間隔で5勝をマークして月間MVPを初受賞。10月にはボーナスをつかみ損ねた無念の結果も……。そして何よりも20勝&最優秀防御率を両方とも実現できなかったのが悔しかったという。

 プロ6年目の1987年、山沖氏は勝ち星をどんどん積み重ねていった。開幕直前のトレードで中日から移籍した内田強捕手とバッテリーを組むようになった5月下旬から特に勢い付いた。6月21日の西武戦(西武)からは1完封を含む4試合連続完投勝利を挙げるなど、前半で9勝。監督推薦でオールスターゲーム初出場も果たし、第3戦(7月28日、甲子園)に2番手で4回から登板して3回無失点と結果も出した。

「最初は2イニングの予定だったけど『もう1回行ってほしい』と言われて投げたんですけどね」と山沖氏は懐かしそうに話す。球宴に関しては「初めてだったからどう投げたらいいか分からなかったんですよ。だから、あまり好きやなかったです」と何か落ち着かなかった様子だが、それもマイナスにすることはなく、後半戦3戦目の8月4日のロッテ戦(西宮)では1失点完投で、1984年以来3度目の2桁勝利に到達した。

 さらには9月も5勝を上乗せし、月間MVPを初受賞した。9月22日の南海戦(西宮)に1失点完投で16勝目を挙げると、中2日で9月25日のロッテ戦(西宮)に先発し、3失点完投で17勝目。そこから中3日の9月29日の南海戦(大阪)では8回2失点で18勝目と、8日間で3勝を稼ぐなど、前年の1986年に右肘を痛め、わずか1勝に終わっていたのが嘘のようなフル回転ぶりだった。

「(9月22日の南海戦に)完投して、その晩に食事していたら、ピッチングコーチから連絡があって『(中2日で)次の(カードの)頭(9月25日のロッテ戦)に行けるか』って聞かれたんです。『そんなことをしたらローテーションが狂うんじゃないですか』と言ったら『いや、行くピッチャーがおらんのや』って。それでロッテ戦に投げたんです。で、勝ったでしょ。そしたらベンチで『また次の頭(9月29日の南海戦)、頼むわ』って。まぁ中3日くらいなら何とかなるやろと思って行きましたけどね」

20勝目前も足踏み…痛恨だった日本ハム助っ人の一発

 9月29日の南海戦は完投勝利とはならなかったが、それは「(8回に)一塁ベースカバーに行ったら、足をつったんですよ。それで代わりました」とのこと。「その後に西武との“天王山”2連戦(10月3~4日、西武)もあったから、交代させてもらったんです」とも付け加えた。そして「あの時ね、西武に連勝したらボーナスを出すって言われていたんですよ」。西武戦には1戦目(10月3日)に左腕・星野伸之投手、2戦目(10月4日)に山沖氏が中4日で先発することが決まっていた。

「まだ予告先発ではなかったし(1戦目の開始前までは)星野と一緒に練習して、一緒に上がった。ずっと自分がカードの頭(に先発)だったし、向こう(西武)には1戦目(先発)が自分(山沖氏)という見方もあっただろうから。でも1戦目に星野で負けて(その時点で)ボーナスはなくなりましたけどね」。2戦目に先発した山沖氏は8回2失点の完投負け。打線が西武・東尾修投手に完封された。「もうボーナスもないし、みんな……」。その後、西武がリーグ優勝を決めた。

 そんなシーズンで一番悔しかったのは20勝&最優秀防御率が幻に終わったことだという。10月9日の南海戦(西宮)に完封で19勝目を挙げてから、20勝に3度挑んだがつかめなかった。特に10月15日の日本ハム戦(西宮)に8回7失点と崩れたのが痛かった。3回終了時点では2-0とリードしていたものの、4回表にトニー・ブリューワ外野手に同点2ランを浴びてガクッとなったそうだ。

「バットを折りながら持っていかれた。バックスクリーンちょっと右中間寄りやったからね。覚えている。“えーっ、バット折れたやろ”って思ったもん。それまで防御率の(タイトルの)ことは考えていなかったんだけど、あの試合を無失点だったら防御率もいけそうとか言われて、そこで2点取られたのでねぇ……。あれはきつかった。勝っていたから“あああ”って、なって、ホント気が弱いからね。萎えたと思う。何かそこからは、もう駄目やったですね」

 10月19日のシーズン最終の近鉄戦(西宮)にも20勝を目指して先発したが、7回5失点で10敗目を喫して終わった。19勝で最多勝は獲得できたが、防御率は2.75でリーグ3位だった。「(10月15日の)日本ハム戦で決めておけば、あとは投げなくてもよかったし、2冠だったかもしれなかったのにね。あの時、20は勝ちたかったですけどねぇ……。やっぱり、自分の中では1個足らんっていうのがある」。悔やまれる“あと1”。ブリューワに浴びた手痛い一撃はいつまでも忘れられないようだ。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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