阿部ら獲得の元巨人チーフスカウト 中村和久氏が残した功績
元社会人野球監督として多くのプロ選手を育成
巨人のスカウトとして阿部慎之助らの獲得に1985年から2009年まで辣腕をふるった中村和久氏が1月17日、東京都内で死去した。70歳だった。
中村氏は三重県出身。高田高校時代は甲子園出場はならなかったが、名古屋商科大に進学。愛知大学リーグでプレーする。大学の1年先輩にはのちPL学園監督になる中村順司氏がいた。
卒業後はリッカーミシンに入社。入社1年目の1970年には東海地区の大会であるJABAベーブルース杯争奪大会で優勝。74年に選手を引退し、マネージャー、コーチを経て1982年にリッカー(リッカーミシンから社名変更)監督に就任。
コーチ、監督として山内和宏(南海)、田中和博(広島)、黒田真二(ヤクルト)、中西清起(阪神)、小林敦美(阪急)などを指導した。しかし会社の業績が傾きリッカー野球部は1984年1月に活動休止。